原田 康(はらだ・やすし)
1950年、山口県生まれ。西南学院大学法学部卒。西日本相互銀行(現・西日本シティ銀行)から80年にゼンリンへ。財務と人事部門を担当し常務、管理本部長などを経て、2001年に社長、昨年から会長を兼ねる。住宅地図のトップ企業としての地位を固めるとともに、カーナビゲーションへの応用を積極的に推進、電子地図の分野を開拓した。06年の東証一部上場は故・大迫忍最高顧問が念願し、自身も20年近く携わってきた。趣味は落語鑑賞で、自らの手料理での家族サービスが息抜き。「大忍」が座右の銘。
ゼンリン会長兼社長
原田 康氏
[株式会社ゼンリンホームページ] http://www.zenrin.co.jp/
地図で開く明日の社会
九州とかかわりが深い企業のトップと、西日本新聞社の多田昭重社長が対談する本紙創刊130周年企画「地域の未来を語ろう」に、地図情報サービスの「ゼンリン」(本社・北九州市小倉北区)の原田康会長兼社長に登場していただいた。
同社は1948年、故大迫正冨氏が大分県別府市で創業し、北九州市に拠点を移した地場企業。世界に例を見ない住宅地図メーカーとして業績を飛躍的に伸ばし、2006年3月、株式を東京証券取引所第一部に上場した。対談は、地図の電子化で急成長するゼンリンの将来から、国際市場戦略、地元への地域貢献など多彩なテーマに及んだ。(本文敬称略)
[2007年9月30日朝刊掲載]
●先見性生かして急成長 国際市場の拡大を図る 1000億円企業を目指す

街並みの立体地図画像を前に、
地図とメディアの未来を語り合った
多田 前社長の大迫忍氏にはよく話をうかがった。「西日本新聞はもっと北九州に情熱をもってやってくれ」と言われた。私も本気で考え、それをやり始めてやっと目鼻が付いたときに亡くなられた。本当に残念でした。
原田 大迫前社長は北九州と福岡を非常に大きくとらえる人だった。特に北九州側の配電盤のような人で、そこに電気がぱっと流れる。急逝は北九州、福岡にとってすごく痛手だったと思います。
多田 ゼンリンは2007年3月期連結決算で売上高が500億円を突破した。上昇気流の原因は何でしょうか。
原田 今の主力はカーナビゲーション向けの地図データです。一つの事業が花開くのに10年はかかると思いますが、大迫前社長に先見性がありました。
大迫氏は社長就任から間もない1982年、「今後はコンピューターの時代だ」と役員会の反対を押し切り電子化を断行。30代の室長に全権を委ね、住宅地図の製作自動化システムや情報利用システムの開発を進めた。
大迫氏の信念の背景は、刷り上がる住宅地図帳に毎日目を通したほどの商品への愛着。地図は毎年、手書きで書き換えていましたが、「若い人が漢字を知らないし、字が下手になった」と商品劣化を心配していた。
このため、苦手な分野でしたが、コンピューターにひらめきを感じたのでしょう。今ではカーナビの普及に伴い、カーナビへのデータ提供がけん引役となっています。
多田 大迫氏の後継者として実際に動いた原田社長は苦労されたでしょう。
原田 私が社長を引き継いだ2001年は残念ながら福岡証券取引所上場以来初の赤字。実は「黒字化できなかったら辞める」と辞表を書いてのスタートでした。
成功体験が長いとそれに引きずられがちですが、前社長の「自分のやっていたことを引きずるな、新しい会社をつくるつもりでやれ」との言葉を支えに、スリムな体質と戦力の集中化を図りました。
社長就任1年目は全部門約100カ所を回り、自ら経営状況を説明しました。社員と危機感を共有できたことも大きかった。
多田 電子化がうまく定着し、伸びる構図はうらやましい。
原田 地図は社会インフラだと思っています。何か情報をのせることで地図が生きます。逆に情報と情報を結び付けるには地図が不可欠です。
インフラ整備だから社員の作業は地味ですよ。足と目で一軒一軒、表札や看板、交通標識を確認。いわば「伊能忠敬の現代版」。結果はデジタルだが、手段はアナログ。特殊な会社ですね。
多田 「歩くことが基本」というのは新聞づくりと同じです。新聞のデジタル化に伴い現場記者が歩くことを忘れる。新聞のデジタル化は必要だが、時間がかかります。
原田 今後は「GPS(全地球測位システム)を持った伊能忠敬」が必要です。デジタルとアナログの融合をどう図るかが大事です。
ただ、すべてがデジタルになればいいとは決して思いません。先の中越沖地震などでは紙の地図が強みを発揮しました。新聞の強みも非常時にあると思いますよ。
多田 西日本新聞は今春で創刊130年。新聞の活字に磨きをかけ、九州に貢献する役割がある。デジタル化は新聞機能を生かすものとして両立するよう、早くネット広告にいかざるを得ない。新聞は紙特有の広告を考えているが、競争は厳しい。その点、競争相手の少ないゼンリンは有利ではないですか。
原田 全国を網羅する住宅地図帳は当社が唯一だが、カーナビなどは各社と競合していますので、今後は厳しい競争になります。これから伸びる要素は海外です。現在、北米(サンフランシスコ)と欧州(ドイツ・デュッセルドルフ)に現地法人を展開しています。
今後は、特に中国やインドでの携帯電話やカーナビへのデータ・サービス提供が伸びていくでしょう。このため、中国語など外国語に対応できる人材を育てていかなければ勝てません。企業内グローバル化は必須です。私の夢は現在の倍の1000億円企業。米国や欧州、そして中国での事業化を考えれば夢ではありません。
特に車は世界中にあるから、いずれカーナビは世界標準になるはず。カーナビは将来、単なる道案内ではなく、車を制御する可能性があります。事故を起こさない、死亡者を出さない…。そのための道路情報が必要になります。自動車産業が集積する北部九州で、高精度のカーナビシステムを目指し、商品を発展させていきます。
多田 そうした国際市場のなかで外資による買収などは心配ありませんか。
原田 ユニークな会社なので心配はゼロではありませんが、今のところは安定株主の比率が高い。万が一何かあったとき、株主が「この経営陣だから協力しよう」と支援してくれるように、個人株主や地元の企業と連携を強めるべきだと思います。その意味で、資本政策や企業ビジョンなどを明確にしておかないといけないと考えています。
●緑化などで地域に貢献 60周年の来年飛躍期す
多田 ゼンリンは地域や社会への貢献を貫かれていますね。
原田 大迫前社長は常々「企業として目立たない支援を心がけるべきだ」と話していました。サッカーのアビスパ福岡への支援も「北九州と福岡の連携が大事」と実現。プロ野球の福岡ソフトバンク・ホークスの北九州での試合開催も大迫氏がかかわって定着させました。
住宅地図帳旧版の古紙回収業者から得た収益金の一部は、例えば山田緑地(北九州市)の緑化事業に寄付しています。
また、本社ビル内に「ゼンリン地図の資料館」を開設しています。私は子どもや学生に地図に触れて見てほしい。
多田 本社を置く北九州市は人口が伸び悩み、厳しい時代が続いています。今後、新しい形で発展するアイデアはあるのでしょうか。
原田 TOTO、安川電機、シャボン玉石けん、第一交通…。北九州には私たちを含め「日本一」とかユニークな会社が多いのです。
ただ、福岡に比べ、若い世代が少ない。産業は活性化しているが、「消費は福岡で」という構図が続いている印象です。
それなら、思い切って北九州は「ものづくりが観光」というふうに特化し、工業地帯の「イノベーションの街」としてアピールするのも一策ではないでしょうか。
多田 北九州も福岡市と違う性格、工業都市としての魅力に観光の可能性があるのではないかと思います。ゼンリンは今後、もう一度攻めの時代に入るのですか。
原田 来年は創業60周年です。還暦を企業が大きく変わるきっかけにしたいですね。

街並みの立体地図画像を前に、
地図とメディアの未来を語り合った
原田 大迫前社長は北九州と福岡を非常に大きくとらえる人だった。特に北九州側の配電盤のような人で、そこに電気がぱっと流れる。急逝は北九州、福岡にとってすごく痛手だったと思います。
多田 ゼンリンは2007年3月期連結決算で売上高が500億円を突破した。上昇気流の原因は何でしょうか。
原田 今の主力はカーナビゲーション向けの地図データです。一つの事業が花開くのに10年はかかると思いますが、大迫前社長に先見性がありました。
大迫氏は社長就任から間もない1982年、「今後はコンピューターの時代だ」と役員会の反対を押し切り電子化を断行。30代の室長に全権を委ね、住宅地図の製作自動化システムや情報利用システムの開発を進めた。
大迫氏の信念の背景は、刷り上がる住宅地図帳に毎日目を通したほどの商品への愛着。地図は毎年、手書きで書き換えていましたが、「若い人が漢字を知らないし、字が下手になった」と商品劣化を心配していた。
このため、苦手な分野でしたが、コンピューターにひらめきを感じたのでしょう。今ではカーナビの普及に伴い、カーナビへのデータ提供がけん引役となっています。
多田 大迫氏の後継者として実際に動いた原田社長は苦労されたでしょう。
原田 私が社長を引き継いだ2001年は残念ながら福岡証券取引所上場以来初の赤字。実は「黒字化できなかったら辞める」と辞表を書いてのスタートでした。
成功体験が長いとそれに引きずられがちですが、前社長の「自分のやっていたことを引きずるな、新しい会社をつくるつもりでやれ」との言葉を支えに、スリムな体質と戦力の集中化を図りました。
社長就任1年目は全部門約100カ所を回り、自ら経営状況を説明しました。社員と危機感を共有できたことも大きかった。
多田 電子化がうまく定着し、伸びる構図はうらやましい。
原田 地図は社会インフラだと思っています。何か情報をのせることで地図が生きます。逆に情報と情報を結び付けるには地図が不可欠です。
インフラ整備だから社員の作業は地味ですよ。足と目で一軒一軒、表札や看板、交通標識を確認。いわば「伊能忠敬の現代版」。結果はデジタルだが、手段はアナログ。特殊な会社ですね。
多田 「歩くことが基本」というのは新聞づくりと同じです。新聞のデジタル化に伴い現場記者が歩くことを忘れる。新聞のデジタル化は必要だが、時間がかかります。
原田 今後は「GPS(全地球測位システム)を持った伊能忠敬」が必要です。デジタルとアナログの融合をどう図るかが大事です。
ただ、すべてがデジタルになればいいとは決して思いません。先の中越沖地震などでは紙の地図が強みを発揮しました。新聞の強みも非常時にあると思いますよ。
多田 西日本新聞は今春で創刊130年。新聞の活字に磨きをかけ、九州に貢献する役割がある。デジタル化は新聞機能を生かすものとして両立するよう、早くネット広告にいかざるを得ない。新聞は紙特有の広告を考えているが、競争は厳しい。その点、競争相手の少ないゼンリンは有利ではないですか。
原田 全国を網羅する住宅地図帳は当社が唯一だが、カーナビなどは各社と競合していますので、今後は厳しい競争になります。これから伸びる要素は海外です。現在、北米(サンフランシスコ)と欧州(ドイツ・デュッセルドルフ)に現地法人を展開しています。
今後は、特に中国やインドでの携帯電話やカーナビへのデータ・サービス提供が伸びていくでしょう。このため、中国語など外国語に対応できる人材を育てていかなければ勝てません。企業内グローバル化は必須です。私の夢は現在の倍の1000億円企業。米国や欧州、そして中国での事業化を考えれば夢ではありません。
特に車は世界中にあるから、いずれカーナビは世界標準になるはず。カーナビは将来、単なる道案内ではなく、車を制御する可能性があります。事故を起こさない、死亡者を出さない…。そのための道路情報が必要になります。自動車産業が集積する北部九州で、高精度のカーナビシステムを目指し、商品を発展させていきます。
多田 そうした国際市場のなかで外資による買収などは心配ありませんか。
原田 ユニークな会社なので心配はゼロではありませんが、今のところは安定株主の比率が高い。万が一何かあったとき、株主が「この経営陣だから協力しよう」と支援してくれるように、個人株主や地元の企業と連携を強めるべきだと思います。その意味で、資本政策や企業ビジョンなどを明確にしておかないといけないと考えています。
●緑化などで地域に貢献 60周年の来年飛躍期す
多田 ゼンリンは地域や社会への貢献を貫かれていますね。
原田 大迫前社長は常々「企業として目立たない支援を心がけるべきだ」と話していました。サッカーのアビスパ福岡への支援も「北九州と福岡の連携が大事」と実現。プロ野球の福岡ソフトバンク・ホークスの北九州での試合開催も大迫氏がかかわって定着させました。
住宅地図帳旧版の古紙回収業者から得た収益金の一部は、例えば山田緑地(北九州市)の緑化事業に寄付しています。
また、本社ビル内に「ゼンリン地図の資料館」を開設しています。私は子どもや学生に地図に触れて見てほしい。
多田 本社を置く北九州市は人口が伸び悩み、厳しい時代が続いています。今後、新しい形で発展するアイデアはあるのでしょうか。
原田 TOTO、安川電機、シャボン玉石けん、第一交通…。北九州には私たちを含め「日本一」とかユニークな会社が多いのです。
ただ、福岡に比べ、若い世代が少ない。産業は活性化しているが、「消費は福岡で」という構図が続いている印象です。
それなら、思い切って北九州は「ものづくりが観光」というふうに特化し、工業地帯の「イノベーションの街」としてアピールするのも一策ではないでしょうか。
多田 北九州も福岡市と違う性格、工業都市としての魅力に観光の可能性があるのではないかと思います。ゼンリンは今後、もう一度攻めの時代に入るのですか。
原田 来年は創業60周年です。還暦を企業が大きく変わるきっかけにしたいですね。
株式会社ゼンリン
住宅地図メーカーの最大手。住宅地図情報を基盤にした各種地図の企画・出版から電子地図、カーナビゲーションのソフト開発・情報提供サービスを展開している。2008年、創業60周年を迎える同社は、昨年から第三創業期と位置づけ、例えばGPS搭載の携帯端末用の新たなサービスや商品開発など、地図の新たな可能性を探るほか、中国など海外への事業拡大にも取り組んでいる。
本社は北九州市小倉北区室町1丁目のリバーウォーク北九州内にあり、同ビル14階に地図展示施設「ゼンリン地図の資料館」を開設。江戸時代に日本全土を歩いた伊能忠敬編纂中図(原寸複製)や、世界の珍しい地図を展示。パズルや地球儀、絵本など地図の楽しさを体験するコーナーは、子供たちにも人気。
住宅地図メーカーの最大手。住宅地図情報を基盤にした各種地図の企画・出版から電子地図、カーナビゲーションのソフト開発・情報提供サービスを展開している。2008年、創業60周年を迎える同社は、昨年から第三創業期と位置づけ、例えばGPS搭載の携帯端末用の新たなサービスや商品開発など、地図の新たな可能性を探るほか、中国など海外への事業拡大にも取り組んでいる。
本社は北九州市小倉北区室町1丁目のリバーウォーク北九州内にあり、同ビル14階に地図展示施設「ゼンリン地図の資料館」を開設。江戸時代に日本全土を歩いた伊能忠敬編纂中図(原寸複製)や、世界の珍しい地図を展示。パズルや地球儀、絵本など地図の楽しさを体験するコーナーは、子供たちにも人気。