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■ 関連記事

熊本県/衆院選候補者はこんな人 3区 4区

(届け出順)
 ■3区
 ●地方自立の仕組み実現
 ▼坂本 哲志候補 53歳 無 新
 四月の県議選で四期目の当選を果たしたが「利益誘導型の政治手法では地方の意見が反映されない」と国政出馬を決意。「よくぞ立ってくれた、頑張れ」。その言葉が連日の活動の原動力だ。
 足で稼ぐ新聞記者から県議へ。地方の視点で諸課題に取り組んできた。「国から予算をもらうだけでは国も地方も駄目になる。税財源など地方が自立できる権限移譲を進める必要がある」と持論の道州制実現の必要性を強調する。
 尊敬する人物は明治維新で活躍した幕末の志士、坂本竜馬。「自民前職の支持基盤は強大だが、地方分権が進む今こそ政治を変えるとき。一命をかける」と訴える。
     ◇
 ●政治は生活者の視点で
 ▼福山 紘史候補 63歳 共 新
 約四十年務めた県職員時代は年金を扱う税務畑一筋に歩き、収入の少ない高齢者から税金の相談を何度となく受けた。「政治は国民生活を切り捨ててはいないか」。それが出馬の動機だ。
 四月に県議選菊池郡区で挑戦したが現職の壁の前に二千票弱しか獲得できなかった。しかし七月、国政への挑戦を決意。各市町村議員や選挙区内の十七党支部を拠点に準備を進めてきた。
 出身は三加和町だが、隣接する山鹿市から親族や二十年来活動する映画サークルの仲間らが応援に駆けつけている。「今の政治で国民がいかに犠牲になっているか訴えたい」。各地の集会に駆け回る日々だ。
     ◇
 ●地方の活性化に尽くす
 ▼松岡 利勝候補 58歳 自 前
 一九九〇年の初当選以来、四期連続十四年間の実績を持つ。五期目を目指す今回は「国と地方の将来を決める選挙になり、政治家としての集大成」と、国政への情熱は衰えていない。
 阿蘇町で農家の長男として生まれ育ち、鳥取大農学部に進んだ。六九年に旧農林省入り。政界でも党農業基本政策小委員長を務めるなど、いまや農業問題のエキスパートとして活躍する。
 信条は「真実一路」と「お世話になった人を大切に」。その言葉どおり、日ごろから週末は地元に戻って人に会い、現状認識を深める。「地方の活性化に全力を尽くしたい」。決意も新たに戦い抜く気構えだ。
     ◇
 ●政権交代で地方分権を
 ▼池崎 一郎候補 51歳 民 新
 初の国政挑戦。二〇〇一年、ボランティアの支援を受け蘇陽町議選でトップ当選を果たした。「選挙の規模が違うし、衆院選など考えもしなかった」が、民主党側からの出馬要請で決意した。
 東京大卒業後、銀行員になったが「もっと自由に生きたい」と、フランス料理研究家に転身した。在仏歴十年というユニークな経歴を持つ。家族はフランス人の妻と一男一女。
 「曲がったことが大嫌い」と自己分析。「政治とカネの問題といった、政界の負のイメージを払しょくしたい」という。そのために「政権交代で地方分権を確立。地方への大幅な財源移譲を実現したい」と訴える。     ×      ×

 ■4区
 ●国に地方の実情伝える
 ▼園田 博之候補 61歳 自 前
 一九八六年の初当選以来、五期連続当選。内閣官房副長官などを歴任し、政権中枢で国政にかかわり続けてきた。
 現在は党副幹事長。小泉純一郎首相を「何より改革を優先する姿勢を支持する。既得権益を打ち破るのは彼しかいない」と評価するが、「何をやるにしても突然。もっと周囲に系統立てて話を」と注文もつける。
 天草地方二市八町の法定合併協が空中分解寸前。「感情論で動いている。役に立てるなら自分から動きたい」と語る。地元有権者との意思疎通不足を懸念する声もあるが「月三回は地元に戻っている。地方の実情をつかみ、確実に国政に伝えたい」と自信をみせた。
     ◇
 ●真理を求める姿勢貫く
 ▼森川 生朗候補 65歳 社 新
 熊本大を卒業後三十六年間、県立高校四校で物理を教えながら、組合活動に従事。経歴からは伝わりにくいが、優しい笑顔と人当たりの良さは万人が認めるところだ。
 鉄道模型が趣味。自室にレールを引いて走らせているときが何よりの楽しみ。今欲しいのは来年三月に一部開業する九州新幹線「つばめ」の模型。「当選したら妻に買ってくれるよう頼もうか」とほおを緩ませる。
 好きな言葉は、イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイが、地動説の正当性を主張するため口にした「それでも地球は回っている」。「真理を求め続ける信念を見習いたい」と、今後の政治姿勢に生かすつもりだ。
     ◇
 ●子供が安心し育つ国を
 ▼井芹しま子候補 52歳 共 新
 「主婦として母として、子どもの将来のために平和な国づくりに役立ちたい」
 幼いころから、中国引き揚げ者の父に戦争の悲劇を聞かされて育った。姉は残留孤児。戦後、必死の思いで姉の消息を探す父の姿を見るたびに、平和の尊さを身にしみて感じてきた。
 二十歳のころ、党員の知人との出会いがきっかけで共産党入党。戦争に一貫して反対してきた姿勢に魅力を感じた。
 子ども好き。長年子どもの文化・芸術活動を支える市民グループにかかわってきた。昨今の少年を狙った事件に心を痛め「子どもが安心して育つ環境づくりのために政治を変えたい」と訴える。

【20031031朝刊】