同マンションは鉄筋十五建て。地震で壁面の落下、亀裂といった被害を受け、半壊とされた。
「住民が情報を共有し、議論を重ねて、互いを信頼したことが早期復興の鍵だった」と同マンション管理組合の阿比留哲理事長(73)は振り返る。
昨年四月、復興を目指して、建築家の住民を含む十六人による特別理事会を結成。うち、三人を広報担当に配した。以後、復興計画の素案、業者情報、国会議員の視察日程に至るまですべてを文書にして全戸に配布。毎週火曜日夜の会議は住民であれば参加自由。文書は三百枚、会議は百回以上に上った。
共用部分補修費用は総額で約二億五千万円に達した。地震保険と長期修繕積立金の計約一億円を充て、残りを十年ローンで銀行から借り受け。返済の負担は平均して一世帯毎月一万七千円程度。
阿比留理事長は「被害の程度は違うから、所有面積に応じた平等な負担は、不満があったと思う。しかし『それを言い出したらまとまらない』という良識があった」という。
この日は、一階ロビーに住民や工事施工業者など約百人が集まって復興の喜びを分かち合った。福管連の杉本典夫理事長も駆けつけ「本格的に構造から復興できたのはここが初。模範になる」と評価。ドアが壊れ、震災から一カ月間、廊下側の窓から出入りしていた会社員、長岡健市さん(57)は「復興の過程で、これまで希薄だった住民間のきずなが深まりました。工事が終わるのは、何だか寂しい気もします」と感慨深げだった。
[2006年4月2日付]