中には、住民の名前と登記簿から転記したとみられる根抵当権の極度額や金融機関名の一覧。傍らには「自殺」「自己破産」などと勝手に記され、差出人は実在の住民名が使われていた。
手間と悪意の込められた怪文書。「この問題の本質が伝わっていないのが一番つらい」。購入者の男性(37)は漏らした。
仕事中、マンションのことが頭から離れる時間ができたのは、ごく最近だ。偽装発覚当初は、何も手につかなかった。それでも足を職場に向けさせたのは「休めば自分の心が崩れ落ちる」。そんな恐怖心だった。
妻(38)と二歳の娘の三人家族。昨年二月、新聞の折り込みチラシを見たのがきっかけで購入を決めた。同十一月十二日に入居して五日後、耐震強度の偽装が発覚した。引っ越しの段ボールの半分はまだ荷ほどきしていなかった。強度は基準の15%と偽装物件の中でも最低。新居の暮らしは三週間ほどで終わった。
■
藤沢市が示した建て替え試案は、住居面積を二割減らし、部屋数を八戸増やす。解体費などに公的補助が適用されても、一戸あたりの負担は二千万円を超す。拒否する住民がいる限り、受け入れられない状況だ。
国はこれまで「住宅は私有財産」との立場で、自然災害で倒壊した家屋の再建に一切、補助を認めなかった。阪神大震災後の一九九八年に成立した被災者生活再建支援法でも、住宅建築や補修は対象外。新潟県中越地震などの大規模災害でも、各自治体が独自の支援制度を創設するしかなかった。
今回、国が重い腰を上げたのは「建築確認という公の事務で偽造を見抜けなかった」(北側一雄国土交通相)というのが理由。八人が逮捕された翌日の二十七日。国は被害住民が新たにローンを組む場合の助成額を明らかにした。
しかし、再建の道筋が見えているのは、補強で対処することを決めた横浜市の「コンアルマーディオ横濱鶴見」など、ごくわずかだ。
■
一方で、GS藤沢への怪文書に凝縮されるような、この「人災」への冷めた目線もある。
東京都大田区の「グランドステージ池上」の近くで飲食店を経営する男性(62)は「まだ退去しない住民もいるなんて、甘えにみえる。家賃も行政の補助がある。周辺住民の不安は解体まで続くのに」。
「住」の根幹を成す安全。それを担保しきれぬこの国の姿が、耐震強度偽装事件で浮き彫りになった。しかし、事件の全体構造が見えぬまま、非難の矛先が被害者に向かう。仮住まいでも被害住民だとは明かさず、息をひそめて暮らしている。
GS藤沢の男性は言う。「事件の本当の決着は、被害がどこまで回復できるかだ。関係者の逮捕は一つの通過点であり、大詰めでも終わりでもない」
【訂正】 28日の記事で、横浜市のマンション「コンアルマーディオ横濱鶴見」が「補強で対処することを決めた」とあるのは誤りでした。同マンションの再建策は現在も検討中です。
[2006年4月28日付 朝刊]