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つかこうへいさんの愛する5曲 音楽は人が何者かを引っ張り出す

 創作活動と音楽との関係について語り合うライブイベント「ペリカン・カフェ」(西日本新聞社主催、出版社「文學の森」共催)。福岡市内で開かれた第9回カフェは福岡県嘉穂町(現・嘉麻市)出身の劇作家、演出家、作家のつかこうへいさんをゲストに迎えた。聞き手の梁木靖弘・九州大谷短大表現学科主任教授とのトークは、まるでつかさんの芝居そのもののような軽快なテンポで展開。これまでの舞台で使った音楽と役者や場面との関連を説明しながら、独特なつか演出の秘密を明かした。紙上ライブをお届けする。(まとめ=文化部・内門博、福間慎一、写真=写真グループ・佐藤桂一)

役者を華やかにする曲使う 地方は「ソフト」を育てない


 梁木 演劇界では音楽の使い方が、つかさんの登場以降に単なるBGMではなくなった。音楽が参加しているというか…。

 つか 音も1つの舞台装置だ、演劇効果だっていうね。そうじゃないと、歌舞伎とか宝塚に負けるわけですよ。向こうは衣装だ装置だ、と金かかってる。こっちは役者と音で勝負。音だったらお金かかりませんからね。

 梁木 音楽の使い方という点では、蜷川幸雄さんもうまいんですが、蜷川さんのは芝居のテーマ曲になっている。つかさんの場合はそうなっていない。

 つか 僕の芝居は暗転がない。だから暗転がない状況で音が場面を作り出すんですよ。ただ、音楽は芝居の登場人物の心理を説明するのではなくて、その逆の要素がある。

 梁木 逆に批評していくようなところがある。音が芝居のコンセプトに収まらないで、そのまま参加していくのがすごい。

 つか ただ、最近の音楽は芝居に使えない。音と人間の心象が引っ張り合わない。サザンオールスターズも「いとしのエリー」を、かとうかずこ(現在の芸名はかず子)がヒロインだった「広島に原爆を落とす日」で使ったくらい。

 梁木 ビートルズも使わないですよね。

 つか 曲だけで完結してるからですかね。浜辺で聴くような感じではない。あの曲で2人の仲がよくなったとか、キスまでできた、とまではいかない。

つかこうへいさん 写真
▼つか・こうへい
 1948年、福岡県嘉穂町(現・嘉麻市)生まれ。慶応大学在学中から演劇活動を始め、74年に戯曲「熱海殺人事件」で岸田國士戯曲賞、82年に小説「蒲田行進曲」で直木賞を受賞した。95―2000年、大分で「大分市つかこうへい劇団」の活動も展開。7月に福岡市と宮崎県延岡市で「売春捜査官」を上演する。

 梁木 具体的にはどんな曲の選び方をしているんですか。

 つか 例えば、今度の「売春捜査官」(7月18、19日に福岡市、22日に宮崎県延岡市で公演)でも使うこんな曲あるんですけどね…。

 《菅野よう子とシートベルツ「タンク!」を聴く》

 つか 沖縄出身の黒木メイサという子が中学のときに僕のところに来まして、この子の気性の激しさと、この曲の激しさをぶつけたかったんです。

 梁木 役者が音楽を選ばせるんですか?

 つか そうですね。役者は自分のいいところを引き立ててくれって訴えてくる。だから、その役者にあった、1番華やかになる曲を選んでやる。阿部寛を「熱海殺人事件―モンテカルロイリュージョン」で踊らせたのは大瀧詠一の「恋するカレン」だった。女子プロレスラーの長与千種には「マイ・ウェイ」を歌わせた。その人に合う曲っていうのがある。でも、役者は、かっこいいのを歌いたがる。風間(杜夫)がナウな歌を歌いたがるんですよ。「おまえは杉良太郎の『すきま風』一本だ」って言ったんだけど(笑)。

 梁木 役者に直接せりふを与える独特な「口立て」で演出しますね。

 つか その人にとっての言葉っていうのがある。「デモクラシー」って言葉が合うのか、「民主主義」っていう言葉が合うのか、その役者の生活史を推し量って選択してやる。音楽もセリフも役者にあったものを選ぶ。ただ結局ね、野球選手と同じでいくら稽(けい)古(こ)場で球を投げてても、本当の筋肉はつかない。お客さんのいるマウンドで力いっぱい投げたときに本当の筋肉がつく。本番の舞台でしか役者はうまくならない。

 《賛美歌312番「いつくしみ深き」を聴く》

 つか 今度の公演で、これをダンスミュージックにしたかったんですけど、うまくいかなかった。賛美歌を「力強く派手に」っていうのに無理があったんだけど、神に頼らない凜々(りり)しい女を演出するために使いたかった。

 《ベット・ミドラー「ローズ」と、ワーキング・ガール主題歌「レット・ザ・リバー・ラン」を聴き比べる》

 つか 「飛龍伝」を石田ひかりでやったときには「ローズ」を使った。ところが、内田有紀のときに「レット・ザ・リバー・ラン」に変わった。音楽は人を激しく批評する。そいつが何者かというのを引っ張り出す。本棚をみればそいつがどういうやつか分かるように、カラオケで何をどういう風に歌うのかでも人は分かる。僕は役者の生活史に仮説を立て、それを基に別の本質を引っ張り出す作業をする。昔、平田満なんかの部屋にこっそり入って日記を読んでましたね(笑)。若い演出家の方もそれくらい執念深くやってくださればいいんですけどね。

 梁木 今度の「売春捜査官」は「大分市つかこうへい劇団」で初演されたが、今、上演されているものは全く変わりましたね。

 つか 当時は熱い役者が多かった。ボクシングのストレートがぴしっと入るような。今は入らない。役者がくねくねしている。

 梁木 解散した(大分の)劇団は今振り返ってどうでした?

 つか 地方だからこそ、やらなきゃいけないと思った。地方は建物ばかりつくり、ソフトを育てようとしない。将来日本の命取りになる。そもそも資本主義は、1人が不幸にならないと1人が幸せにならない政治体制。村上(ファンド)が2000億もうけたのは悪くはないが、どこかに2000億損した人がいる。それは寝たきりのおばあちゃんかもしれない。彼がそんな思いをはせたことがあるだろうか。全員幸せになると、資本主義は成り立たない。だから、今、日本は中国やインド、フィリピンを不幸にしているから、冷房なんかガンガン使える。彼らに使わせないようにしているから、日本がリッチでいられる面がある。

 《柳ジョージ「コイン・ランドリー・ブルース」を聴く》

 梁木 芝居に使わなかったけど、好きな曲は?

 つか ある。使わなかったというか、〝ベタつき〟すぎて、使えない。この曲は「幕末純情伝」で坂本竜馬が女沖田総司と一緒に歌う曲。総司を女にしているが、竜馬をやる人がいなかった。韓国だと、ウォンビンのように、いっぱいいる。でも日本には床の間に座らせておくような男優がいない。竜馬のように「国家とは」「日本とは」って正面切って切り込んでいこうとする人がいない。使いたい曲は山ほどあるが、どうしても歌が勝っちゃって役者が死ぬ。


 《アンディ・ウィリアムス「パピヨンのテーマ」を聴く》

 梁木 「熱海殺人事件」で使った。

 つか 30年以上前の歌。犯人を花束でたたく場面だった。

 梁木 この曲が出てこないと、おさまりがつかない。

 《CHAGE&ASKA「終章(エピローグ)」を聴く》

 つか もう1つ使うのが、これ。残酷なシーンで、この甘さを使う。ぽーんと、背中を押してくれる曲だ。あと、ビートルズはダメでも、プレスリーは(芝居に)使える。プレスリーは多投する。生命力を感じる。あの人は太って、醜くなってからの歌がいい。

 《エルビス・プレスリー「レット・イット・ビー・ミー」を聴く》

 つか 芝居の最後にはこの曲。これがかかると、緞(どん)帳(ちよう)がおろせる。日本の曲には緞帳がおろせる曲がなかなかない。芝居が終わって、お客さんはみじめな日常に帰って行かなきゃいけない(笑)。そんなお客さんを送り出せる曲だ。

 梁木 やっぱり、曲が凜々しい。

 つか 井上陽水さんも迫力があるが、使えない。陽水さんが勝っちゃうんだと思う。プレスリーは違う。アメリカは、なくてもいい国なんだけど、ないと世界が退屈になる。そんな中途半端なよさがある。

つかさんのユーモアたっぷりのトークで、会場は笑いに包まれた
つかさんのユーモアたっぷりのトークで、会場は笑いに包まれた
【つかこうへいさんの愛する5曲】

【つかこうへいさんの愛する5曲】
▼菅野よう子とシートベルツ「タンク!」
▼賛美歌312番「いつくしみ深き」
▼ベット・ミドラー「ローズ」
▼ワーキング・ガール主題歌「レット・ザ・リバー・ラン」
▼エルビス・プレスリー「レット・イット・ビー・ミー」

【会場で追加した曲】
▼柳ジョージ「コイン・ランドリー・ブルース」
▼アンディ・ウィリアムス「パピヨンのテーマ」
▼CHAGE&ASKA「終章(エピローグ)」

つかこうへいさんとの2時間 梁木靖弘
揺さぶって、裸にして

梁木靖弘さん 写真  気に入らないときは「オラ知らねえ」と途中で帰ってしまわれる、つかこうへいさん。今回は、最後まで機嫌よく、しかも「はじめて話すことだが……」と貴重なお話を披露していただき、感謝のことばもない。深みのあるすばらしい声(つかさんよりいい声の俳優がいるだろうか?)、耳にしたことをすぐ自分のものにしてしまう記憶力、つか芝居を見るような話術の巧みさ、社会を見抜く眼力の卓抜さ、どれをとっても、とにかくケタはずれである。ただ、謹聴するのみ。面倒を見ていただいたというのが、正直な実感。

 つかさんに近づけば、心を裸にされる。北区つかこうへい劇団に、大挙して俳優志望の若者が押し寄せるのは、ほかで学ぶよりプロの役者として生き残れる力がつくということもあるが、本当の理由は、かれらが身も心も裸にされたがっているからだと思う。つかさんは、くだくだしい言い訳の底にある、生な人間だけを問題にする。

 お話の中で「凜々(りり)しい女」を描きたいと、たびたび強調されていた。なるほど選曲も、舞台でダンスに使われた「タンク!」と、情感あふれる予備の二曲は別にして、どれも立ち姿のいい「凜々しい音楽」である。日本の曲には、なかなかそういう曲がないとおっしゃる。たしかにそうだ。「音楽が背中を押してくれる」、これもつかさんらしい、すてきな表現だ。

 つかさんの魅力は、物事(人間をふくむ)との絶妙な距離のとり方にあると思う。たとえば、「愛」を描くとき、つかさんは「売春」や「ストリッパー」など極端な例で、「愛」との距離を見定めようとする。徐々に「愛」に近づき、裸にしてみせる。

 たぶんこれは、俳優であれ、日本であれ、芝居であれ、そしてペリカン・カフェであれ、同じ。相手を見きわめるため、いろいろなことばで揺さぶりをかけ、距離を測る。見定めたら、ためらわずに対象のふところへ入ってゆき、裸にする。口立てによる芝居作りは、そういう方法の実践であり、演出家としての才能である。自分は作家でなく、演出家だとおっしゃるのは、たぶん、そういうことだろう。

 さすがのつかさんにも、母性本能が失われ(もともとそんなものはないとつかさんは言う)、とんでもない殺人事件が頻発するいまの日本は、とらえがたい。そのなかで、あえて「凜々しい女性」を描こうとするつかさん。この年で口立てはなかなかつらいと、弱音を吐きつつも、笑いの渦で観客をわしづかみにしてしまう腕力には、まったく衰えがない。……どうでもいいことだが、つかさんのケイタイの待ち受け画面は、愛犬のチワワの凜々しい姿である。 (はりき・やすひろ=九州大谷短期大学表現学科主任教授)

カフェに参加して 凜とした女性になりたい 井村薫さん(20)

 平凡な恋愛小説を読むことが多かった私にとって、「蒲田行進曲」の男2人の友情とも愛情とも言えぬ激しさは、新しい世界に引っ張り出されるような衝撃がありました。

 今回ペリカン・カフェに参加して、トークは毒舌だけれど、つかさんの言葉の底には選ばれた曲と同じような優しさがあるのだと感じました。お話を聞いて、自分の価値観がまた変わったように思います。

 「男に頼らず、凜(りん)とした女になれ」。つかさんのこの言葉に、これまで自分がどこか男の人に甘えて生きていこうと思っていたことに気付き、私も自立した女性になりたいと思いました。 (福岡県春日市、学生)

(2006年6月28日 西日本新聞 朝刊)

【つか こうへいさんの本】
蒲田行進曲
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小説熱海殺人事件
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つかこうへいの新世界
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青春かけおち篇
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つかこうへい’98戯曲集
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