西日本新聞
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 日本統治下、台湾南部の阿里山に、日本人以上に日本人になろうとした男がいた。勇猛果敢な先住民、鄒(ツォウ)族に生まれた矢多一生(本名ウオン・ヤタウヨガナ)。村の教師兼巡査から政治指導者となった矢多は、日本語で歌曲をつくる非凡な才能の持ち主だった。非業の死から半世紀。再評価が始まった矢多は、どんな思いで人生を燃焼させたのか。その軌跡を求めて阿里山を訪ねた。



【1】 反乱罪の濡れ衣で非業の死 半世紀経て復権の動き (2004.08.10朝刊掲載)
【2】 「学業優秀」で師範学校へ 「理蕃」政策の優等生に (2004.08.11朝刊掲載)
【3】 マダケ栽培で貧農打破 学校は村づくりの拠点 (2004.08.12朝刊掲載)
【4】 戒厳令下で実績を封印 荒波にのまれた指導者 (2004.08.13朝刊掲載)
【5】 なお輝く「自治の思想」 純粋な魂を持つ先駆者 (2004.08.14朝刊掲載)
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