インドネシアの地図が、局所的に無数の赤い点で埋め尽くされている。国際協力事業団(JICA)の派遣専門家から、その意味について説明を受けた途端、インドネシア国土で起きている深刻な環境破壊の実態が、その図面から迫りくるような感覚に襲われた。
赤い点の一つひとつは、米国の人工衛星が検知した、火災が発生した可能性が高い「ホットスポット」と呼ばれる高温地点なのだという。
その検知数が最近では特に多かったという昨年十月の地図を示しながら、信じられないでしょう、と言いたげな顔で説明してくれたのは、JICAのプロジェクト「森林火災予防計画フェーズ2」に参加している派遣専門家森崎信さん。「一カ月間に二万千九百六十九カ所で火災があったとみられます」。あまりの多さに実感がわかない。「一日当たりで一番多かった日には、四千八百九十三カ所に上ります」。ちなみに日本で発生する林野火災は年間約三千件。やはり想像を超える規模だ。
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インドネシアには、地球上の熱帯雨林面積の約10%に当たる森林が広がるが、その急激な消失の大きな原因の一つが森林火災。
ホットスポットの大半は、農地を肥やしたり、開拓するための野焼きとみられている。ただ、「野焼きなら人の管理下で行われるのだから、問題ないだろう」と考えるのは大間違い。特定は難しいのだが、数年に一度の頻度で起きている大規模森林火災の出火原因として専門家が最も疑っているのが、農民による火入れだ。
伝統的な土着農民の焼き畑移動耕作は、比較的に計画的な火入れで、大きな問題はなかった。しかし、森崎さんによると、一九八〇年代から状況が変わってきた。
急増したゴムやヤシのプランテーション農場を開発するための大規模な火入れ。前スハルト政権がコメの自給率を上げるため、人口過密なジャワ島から貧困層を半強制的に周辺の島々へ移り住ませ、急がせた無秩序な農地開拓…。
こうして日常的に行われるようになった火入れは、熱帯雨林への延焼を招いただけでなく、「森林の『抵抗力』を低下させてしまったんです」(森崎さん)
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確かに、じっとりとした高温多雨の熱帯雨林が、そう簡単に燃え広がるとは思えない。だが、一度切り開かれた後にできた二次林や、木材伐採でスカスカになった森は、乾燥して燃えやすくなる。無計画に開拓されて放置された農地も、草原化し、たばこのポイ捨てでさえ大火災につながる。さらに、同国では、森林の地中にある泥炭層がくせ者だ。地表が燃え、そこに引火すれば雨でも消えず、「目がチクチクする煙」(被害調査担当者)を出しながら燃え続ける。
地球規模に視野を広げると、より大きな要因もみえてくる。太平洋東部の赤道海域の海面水温が上昇し、異常気象をもたらすエルニーニョ現象。多雨や高温など地域ごとにさまざまな異変を引き起こすが、インドネシアやオーストラリアの一帯では、少雨となり、火災が発生しやすくなるという。専門家は同現象を「森林火災のトリガー(引き金)」とさえ呼ぶ。
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そうした中で出火すれば、想像を絶する被害が出ることも覚悟しなければならないようだ。九七、九八年には、国立公園を含む八十万ヘクタール以上(福岡県の面積の一・六倍以上)が焼けた。干ばつやコレラも広がり、経済被害は一兆一千億円に及んだ。
同国はこれを教訓に火入れを全面的に禁止したが「ほかの農法を知らず、日々の生活に懸命な農民の間では徹底されていない」と森崎さん。五年ぶりのエルニーニョ現象発生となった昨夏以降も、やはり森林火災で深刻な煙害が発生。大気汚染で住民の呼吸器障害や交通の乱れが相次ぎ、シンガポールなど周辺国を巻き込んだ国際問題となっている。
説明を聞けば聞くほど、貴重な熱帯雨林の焼失をめぐって、多岐に渡る難問が複雑に絡み合っていることが分かり、考え込んでしまった。一体、どんな対策が有効なのか…。
森崎さんは「まずは住民の消防教育が緊急課題」と明言した。森林火災の恐怖を認識していない一部地域では今でも、もめ事の報復として木に火を放つことがあるという。森崎さんがかかわるプロジェクトでは、火消し棒もなかった農村に地域消防団をつくり始めた。
林野庁出身の森崎さんは「消防士教育担当に変身するとは、予想もしていませんでしたけど…」と苦笑しつつ、取り組みの重要性をあらためて強調した。
「地道な作業ですが、住民自身が問題意識を持って、火事を防がないことには、根本的な解決になりません」
●早期消火に衛星を駆使
広大な国土のインドネシアで、森林火災の発生状況を把握するのは、日本とは比較にならないくらい困難だ。一九九七年の大規模森林火災の年に始まったJICAのプロジェクト「森林火災予防計画」では、同年からホットスポットを使い、火災発生を早期発見する取り組みを進めている。
米海洋大気局(NOAA)の人工衛星が、エルニーニョ現象監視という任務とは別に、インドネシアと近隣国の陸地で検知している高温地点・ホットスポット。地図に赤丸で記された一つの点は、地表一・一キロ四方の範囲で、昼間四三度以上、夜間三七度以上の温度を感知した部分。大半が地上の火災を示すとされるが、弱点は、雲や煙が濃いと検知できない場合があることだという。
同プロジェクトでは、人工衛星「ひまわり」で観測した雲や煙の画像と合成することで、より正確に状況を表す図面を作成。インドネシア林業省を通じ、国立公園、自然資源保護センター、各州森林局などに送付。火災発生現場の調査や早期消火活動に役立てている。
▼文 重岡美穂
2003/03/11 付 朝刊