西日本新聞

インドネシア編

種の保存 自然支える多様性 「共生」人間が崩す

 ボビー。

 インドネシアの首都ジャカルタ市東部にある市場のすぐ裏、民家の庭先で出合ったオランウータンの子どもには、そんな名前が付けられていた。高さ一メートルほどの鉄さくのおりの中で、興奮して、空のえさ箱を振り回している。

 その市場は、車の排ガスで煙る大通り沿いにあり、倉庫状の建物が立ち並ぶ。中には、鳥かごがあふれていた。表面上は鳥のマーケット。だが、中流層以上の客や外国人が来ると、希少動物の「闇市」という裏の顔を現す。

 「モンキー?」

 開襟シャツ姿の男が話し掛けてきた。七、八人のやじ馬を引き連れながら、民家が密集した方へと案内される。途中、覆いをかけたおりを置いた民家が、いくつかあり、テナガザルらしき動物がいるのも見えた。

 ボビーは、その奥まった所にある民家にいた。

 「カリマンタン島のだ。五百万ルピア(約七万円)でどうだ」

 インドネシアとマレーシアの一部にしか生息していないオランウータンは、絶滅の危機にあり、ワシントン条約で商取引が禁止されている。インドネシアにも捕獲や売買を禁じる法があるというのに、堂々としたものだ。

 買い取ってでも保護すべきか。

 男が言った。「気に入らないなら、すぐ別のが手に入るよ」

 スマトラ島の森を切り開いた小さな農村。草いきれの中、スマトラゾウの巨体が次々と地面に崩れ落ち、赤茶けた土ぼこりを巻き上げた。十頭以上を数えた死体は、そのまま野ざらしにされた。毒殺だった。昨年のことだ。

 「象牙採取目的の密猟と思うでしょう?でも、スマトラゾウは、きばが小さくて商品価値は高くない。農民が『害獣』として駆除したんですよ」。野生生物保護にかかわるプロジェクトで、現地に派遣されている国際協力事業団(JICA)の専門家、岡山俊直さんが、そう説明してくれた。

 開拓や火災で急速に消失しつつあるインドネシアの森林。生息地を奪われたゾウは、ヤシの実などのえさを求め、群れをなして農地を荒らす。必然的に起こる人間との衝突。五年前にも、ヤシ畑を荒らした十二頭がプランテーション会社に毒殺されたという。

 二十年ほど前まで同島の全八州にいたスマトラゾウは、今や二州で絶滅した、とみられている。こちらも、保護動物として法で捕獲などが規制されているが、減少に歯止めはかかっていない。

 島には、住み家を失ったゾウを保護するセンターが十二カ所あり、現在、四百頭近くが飼育されている。サーカスなどに“就職”できるよう、芸を教え込まれる。生き延びるため。でも、決して本意ではあるまい。

 オランウータン、スマトラゾウに限らず、現在、地球上で絶滅の恐れがある野生動物は、国際自然保護連合が作成したレッドリストによると、五千種以上に上る。

 もちろん、恐竜が姿を消したように、生物種の絶滅は自然の営みの一つともいえる。だが、今、問題なのは「危機が加速度的に進んでいること。それは私たち人間の経済活動が引き起こしているといっても過言ではない」と、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの佐久間浩子さんは指摘する。

 地球上で生息している生物は、学名が付けられたものだけで約百四十万種、未知のものも含めると約一千万種を超えると推測されているが、熱帯雨林だけで一日に五十―百種の動植物が絶滅しているという。全地球の陸地の1%の国土に、その20%の動植物種が集中し、「種の宝庫」と称されるインドネシアが直面している危機的状況は、地球全体が抱える問題の縮図なのだ。

 生物の多様性が失われていくと、いったい何が起きるのか。

 「人類も将来、絶滅の道をたどることになるでしょう」

 岡山さんは言い切る。

 人間を含めた現在の生態系を維持しているのは、巨大な鯨から微生物に至るまで多種多様な生物同士の複雑な絡み合い。それは、地球が誕生して以来、生物が生き延びようと少しずつ種を増やし、進化を続けた結果だ。多様性の喪失は、人類がかっ歩するようになった地球の歴史の逆行といえる。

 「人間には生態系を壊す力はあっても、元に戻せる力はない」と岡山さんは言う。

 ワシントン条約、ラムサール条約…。国際社会は、種を保存し、その多様性を守ろうと、商取引や環境開発を規制する制度を設け、同国など発展途上国で環境教育から遺伝子レベルの研究まで幅広く技術支援し、「共生」の道を模索してもいる。

 おりの中から私を見据え、低いうなり声を発したボビーの視線が、今も頭から離れない。その後味の悪い記憶を、人間社会に向けられた「警鐘」と受け止めている。

●地道に続く分類作業
 生物の多様性を保全するには、まず、どんな種が生息しているのか分類して把握する必要がある。専門技術が発達していないインドネシアでは、種が豊富な半面、未知の生物は多く、気の遠くなるような作業だ。

 国際協力事業団(JICA)が、ジャワ島西部のボゴール県チビノンに設置した動物学研究センターは、同国の生物の学術的な分類に取り組んでいる。保管している標本は、ほ乳類や鳥類をはじめ約二百万点。その八割が昆虫だ。

 昆虫は学術的にも知られていない種類が多く、研究者らは毎月一週間、国立公園内に泊まり込み採集を続けている。「その分類整理は地道な作業で長時間を要する。その間に絶滅する種がいると思うと、もどかしい」

 JICAはこのため、単に専門家を派遣して研究を進めるだけでなく、遺伝子解析技術の普及や、分類結果のデータベース化など、現地の専門家育成、研究環境整備にも力点を置いている。そのことが、ひいては地元の幅広い層に問題意識を深めてもらうきっかけになると期待されている。

▼文 重岡美穂

2003/03/25 付 朝刊

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