「すごい。きれいに写っているじゃないか」―一月下旬、埼玉県鳩山町の地球観測センター。高度八百キロの上空を周回する宇宙開発事業団(NASDA)の環境観測技術衛星「みどり2号」(ADEOS2)から、光学観測装置「グローバルイメージャ」(GLI)がとらえた地表の画像が初めて送られてきた瞬間、待機していた担当エンジニアの間から歓声が上がった。
それらの画像には、北海道東方の海域に巨大な低気圧を示す分厚い雲の渦がくっきり。また、東シナ海上空から、九州や四国、台湾の姿や、中国沿岸部に広がる雲の様子をとらえた場面も。
「これでも三十六あるGLIの観測チャンネルのうち三チャンネルしか使っていない画像なんですよ」と話すのは、NASDAの黒崎忠明・ADEOS2プロジェクトマネジャー。「天気予報でおなじみの『ひまわり』だと、上空の雲までしか写せませんが、GLIは蒸気が噴き出す様子まで分かるでしょう」と胸を張る。確かに画像の鮮明さの違いは、素人目にも明らかだった。
「みどり2号」は昨年十二月十四日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターから、NASDAの主力ロケットH2A4号機で打ち上げられた。搭載機器の立ち上げなどの初期段階を一月中旬までに完了。今月下旬から、昨年九月に打ち上げられたデータ中継技術衛星「こだま」との通信実験を行い、四月以降、定常運用に入る。
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ペルー沖の海水温が上昇するエルニーニョ現象、地球規模の温暖化、極地上空のオゾンホール拡大…。いま、地球は人知を超えた自然環境の異変にさらされ、本来の姿を失おうとしている。有明海の養殖ノリが色落ちしてしまい、漁民たちが苦境に陥った問題は、環境変動が人々の生活に深刻な影響を与えたケースとして記憶に新しい。こうした「病める地球」の病巣を突き止める手がかりを探すのが、「みどり2号」の重要な使命の一つだ。
地球を見つめる「目」は五つ。GLIはNASDAの開発。紫外域から赤外域まで三十六の波長チャンネルで地球表面からの光をとらえ、四日間で全地表をスキャン。海面水温から雲、植生、植物プランクトンの分布まで写し出す世界最高水準の光学観測装置だ。
このほか、地球規模のミッションにふさわしく、米国航空宇宙局(NASA)の研究機関が開発した海上風観測装置(SeaWinds)や、フランス国立宇宙研究センターの地表反射光観測装置(POLDER)も搭載。日米仏三カ国の最先端技術の「結晶」ともいえる構成で、プロジェクトの成果には国際的な関心が集まっている。
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プロジェクトを支える八十六人の共同研究者のうちの一人、長崎大水産学部の石坂丞二教授(海洋生物学)は「有明海の環境異変のほか、中国・長江の三峡ダム開発の影響が東シナ海の環境にどう表れるのか。観測結果に注目している」と話す。
石坂教授は人工衛星を使ったプランクトンなどの海洋生物の研究を続けており、約二十人いる海洋関係の共同研究者のリーダー格だ。「大規模開発が沿岸の環境に影響している可能性は否定できない。GLIは解像度、観測頻度のバランスが他の衛星の装置より格段に優れており、研究が大きく進展するかもしれない」
GLIだけでなく、五つの観測装置がとらえる雲や水蒸気、海上風の動き、降水量、海水温、陸域の植生分布などの膨大な観測データが、世界中の科学者や研究機関によって解析されれば、なぞに包まれる全地球規模での水・エネルギー循環のシステムが解き明かされるに違いない。
NASDAは、手始めに四月から共同研究者へのデータ提供をスタートさせる。衛星の機能チェックが完了する十二月ごろには、一般の研究者や企業からの利用申し込みも受け付ける予定だ。
一九九六年に打ち上げられた地球観測プラットホーム技術衛星「みどり」の時には、八カ月で一万二千件もの利用申請が殺到。今回も、みどり2号を中心にした研究の輪が、万単位の科学者たちに広がることが予想される。
「何が分かるのか、即答は難しいが、このプロジェクトが環境変動のメカニズムを解明する第一歩になるはずだ」
黒崎プロジェクトマネジャーは言葉に力を込めた。
刻々と変化する青い惑星を超高空から追う「宇宙の目」は、ひょっとすると、地球の未来を見極める「千里眼」となるかもしれない。=宇宙編終わり
▼文 益田孝 鹿児島総局
2003/02/11 付 朝刊