西日本新聞

アラスカ編

ブッシュパイロット 空から冷静な支援 暖冬・・・異変を危ぐ

フォレイカーのベースキャンプに立つブッシュパイロットのダグさんと愛機
フォレイカーの尾根には、私の足跡を追うように、ワタリガラスの歩いた後が点々と―

 真っ白な雪の絨毯、真っ青な氷のクレパス(氷河の深い裂け目)が眼下に広がる。

 ここは北極圏にほど近い米国アラスカ州、アラスカ山脈の上空。

 雪と氷に覆われたアラスカ第三の高峰フォレイカー(五、三〇四メートル)が、威圧感をもって大きく迫ってくる。私を乗せた軽飛行機は、幅五キロにもおよぶカヒルトナ氷河(二、〇〇〇メートル)に着陸するため、だんだん高度を下げ始めた。

 もうすでに、何回試みただろうか。軽飛行機は氷河の雪面に止まることなく、離着陸を繰り返してる。車輪部に装着したソリを雪面に押し当て、氷河上に滑走路をつくっているのだ。深雪のままでは、離陸の際に速度が上がらず、立ち往生しかねない。操縦かんを握るブッシュパイロットのダグ・ギーディングさんは、真剣なまなざしで氷河を見つめていた。

 「ブッシュパイロット」とは、山岳地帯などの辺境地を自由自在に飛行できる、特に優れたベテランパイロットのこと。四五歳になるダグさんは、二六年前から、アラスカ山脈と麓の町タルキートナを結んで、遊覧飛行や登山者の輸送に携わっている。

 彼との出会いは、一九九五年七月、初めて訪れたマッキンリー(六、一九四メートル)登山がきっかけだった。そのときに輸送をお願いして以来、八回すべてのアラスカ登山で彼の軽飛行機を利用している。

 皇太子さまや冒険家・植村直巳さんも乗せた経験もあるダグさんは、日本人にとって不思議なつながりのあるパイロットだ。八四年二月、冬季マッキンリーの単独登頂に成功後、下山途中に行方不明となった植村さんを、捜索打ち切りとなった後も軽飛行機で探し続けたのが彼だった。

 「登山者の死は、自ら望んで好きなことをやっている中でのことだから、必ずしも不幸ではないと思う」

 彼によって山に運ばれた登山者が遭難し、二度と再会できなかったつらい経験がいくつもあるが故の言葉だろうか。

     ◇      ◇

 ダグさんほど常に慎重を期しているパイロットを、私はほかに知らない。彼は真冬のアラスカ山脈の気象とそお猛威を知り尽くしている。ジェット気流による風速四〇メートルの烈風、氷点下五〇度を下回る寒気、低気圧の接近に伴う天候急変などのため、冬場の飛行チャンスは少ない。

 そのうえ天気が回復しても、彼はすぐに飛ぼうとはしない。降雪の後は少なくとも二日間の晴天を待ち、氷河上の新雪がある程度固まったのを見極めた上で、ようやくフライトに踏み切るのだ。今年一月、フォレイカーへ入山した際は、なかなか天候に恵まれず、十二日間のフライト待ちを余儀なくされた。

 昨年と今年、アラスカ最大の商業都市アンカレジでは、正月に雨が降る異常気象に見舞われた。ここタルキートナでも、ふた冬続けて気温は高く、一月の平均気温は昨年は平年を約八度、今年は約六度も上回り、その後も暖冬傾向が続いた。

 「それを短絡的に地球温暖化の表れとは、私は思わない。これまでにも記録的に暖かい冬や寒い冬は何度もあったからね。ただ、今年は極端に雪が少ないな。山の雪が不安定な状態でなければいいのだが・・」

 彼がそう話すのを聞いて、気候異変が今回の登山にどう影響するのか -。私の心は曇った。

     ◇      ◇

 フォレイカーの尾根を登っていると、オレンジ色の軽飛行機が近づいてきた。私の登山の様子を見に、ダグさんが飛んできたのだ。立ち止まって飛行機に向かい、両手を大きく振ると、彼は愛機の翼を左右に振って私の合図に答えてくれた。これは、登山中の連絡方法として、五年前に彼が提案してくれた慣例のサインなのだ。

 登山中、私は小型無線機を携行しているが、百キロほど離れたタルキートナまでは電波が届かない。気温が上がる夏なら、上空を飛んでいる軽飛行機とは交信できる。しかし、冬の極寒の世界では、無線機が凍って使えないことも多い。そこで、地上から上空の彼に合図を送ることにした。

 私が元気で登山も順調なら”立ち上がって両手を大きく振る”、もしも緊急事態が起きた場合は”しゃがみ込んで身体を小さくする”。二通りのみの簡潔な合図である。私からのサインを確認した彼は、タルキートナに戻って日本の実家に連絡してくれることになっている。例えば、「○月○日、標高○○○メートルの地点で、元気に手を振っていた」のように。

 昨年二月のフォレイカー登山では、雪崩の危険があるエリアを通っているときにダグさんが飛んできた。私を見つけた彼は、軽飛行機の爆音が雪崩を誘発するのを避けるため、飛行ルートをマッキンリーの方向に変えた。それから二十分後、彼は私が雪崩エリアを無事に通過したころ、タイミングよく再び飛来してきたのだった。

 広大で複雑な地形のなかで、軽飛行機から小さな”アリ”のような登山者の姿を見つけだすのは、ベテランパイロットでさえ至難の業という。ダグさんの鋭い勘と操縦テクニックに驚嘆する。二ヶ月に及ぶ一人の冬山で、彼の飛来は大変心強い。

 地球規模の気候変動が深刻化していくとすれば、これからの私のアラスカ登山は一層、危険を伴うことになるだろう。ベースキャンプの氷河上で、いつも私を最後に見送り、そして、最初に出迎えてくれるダグさんの存在は、私にとって大きなものとなっている。

▼文と写真/栗秋 正寿

▼くりあき・まさとし 1972年、大分県日田市出身。15歳で山歩きを始め、福岡県立修猷館高、九州工業大で山岳部に所属。98年3月、北米最高峰・マッキンリー(6、194メートル)の冬季単独登頂に成功。下山後、リヤカーを引きアラスカ縦断1400キロの旅を敢行する。昨年12月から今年4月に8回目のアラスカ登山に挑んだ。著書に「アラスカ垂直と水平の旅」(山と渓谷社)。
インターネットホームページ=http://japanesecaribou.com/

2002/11/19 付 朝刊

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