西日本新聞

モルディブ編

次世代へ 子供たちに未来託し 環境や植林も

環礁から突き出た島々が鎖状につながるモルディブ。「インド洋の首飾り」と形容される
汗だくで、海面上昇の説明をする平野さん。子供たちは熱心に聞き入った
日本のNGOと現地の住民が協力して植えたマングローブ

 子どもたちのまなざしが、一点に集中した。

 モルディブの首都・マレの西約百キロにある漁民の島、マーロスの小学校。六年生の地球温暖化をテーマにした授業で、教師の平野卓さん(27)=福岡県久留米市出身=が、簡単な実験を始めた。

 水を満たした大きなたらいに、石を入れ、「これ(石)がマーロスです。温暖化により氷河が溶け、海面が上昇すると」…。平野さんが、バケツでゆっくりと水を加えていくと、水面から出ていた石の先端が徐々に隠れていく。乗り出すように、たらいをのぞき込む八人の子どもたち。ついに石全体が水没すると、子どもたちがざわめき始めた。すかさず、平野さんは黒板に向かい、チョークで大書した。

 「We cannot live there」(私たちはそこで生きてはいけない)

 シハーム君(12)は「島が沈むなんて、初めて知った。とても分かりやすかった」と、授業後も興奮が冷めない様子。 「実験のようなことが本当に起こったらどうする?」と聞くと、少し考え込んだシハーム君は、「とても難しい。高いところに逃げるしかないかな」と、戸惑った表情になった。

     ◇     ◇

 青年海外協力隊員の平野さんが、小学校教師としてボランティア活動をしていると聞き、マレから小型のスピードボートに約二時間揺られ、訪れたマーロス。

 平野さんは、人口約三百人のこの小さな島に住み、「環境教育」という教科を教えていた。

 日本の学校でいえば、理科と社会を合わせたような科目だが、「環境教育」というその名称からは、国の環境問題に対する強い意気込みがみてとれる。

 「モルディブの子どもは、大人のまねをして海にごみを捨てることにあまり罪悪感はないようだ。しかし、少しずつ勉強して、将来はさまざまな環境問題に理解を深めてくれるはずだ」

 平野さんは、未来を託された子どもに自然の大切さ教える重要さを感じている。

 授業の合間、副校長のマジュディさん(40)と島内を散策した。「環境問題の取材で来ました」と言うと、住宅が立ち並ぶ側とは反対側の海岸近くの一角にある、ごみ集積場に案内してくれた。

 野焼きしているらしく、缶や使い古した靴など焼け焦げた生活用品が落ちている。しかしペットボトルは一カ所にまとめられるなど、散乱していない。

 「ここは、島の女性たちが毎日掃き掃除をやっている。ごみを海に捨てる人もいるが、魚がみんな食べてくれる。マーロスにはごみ問題なんてない。もちろん、モルディブ全体にもだ」。マジュディさんにとっては何の疑いもないことで、その目は真剣だった。

     ◇     ◇

 地球温暖化による海面上昇で、国が沈む危機にあるモルディブ。子どもたちの世代に変わらぬ国土を残すため、新たな動きも始まっている。

 前々回に紹介したハー・ダール環礁のクルドフシでは、日本の環境NGO(非政府組織)「マングローブいぶきの会」(名古屋市)の協力で、海岸沿いに浸食を防ぐためにマングローブの植林事業を進めている。

  マレではコンクリートの護岸工事が進んでいるが、膨大な資金が必要で、モルディブの財政状況では、人が住む二百の地方島すべてではとても実施できない。

 いぶきの会は、二〇〇〇年から三回にわたってモルディブを訪問。クルドフシの近隣の島からマングローブの種を採取し、苗床をつくり、海岸沿いに植林した。

 「ここが、日本のNGOに植林してもらった場所です。とても良く育っています」

 クルドフシの行政長のファラフードさん(30)が案内してくれた湿地帯には、高さ一メートルほどに成長した苗木が、一面に整然と並んでいた。根元には、大きなタニシの仲間が、日陰を求めるように茎の周りにたくさん集まっている。

 実はこの場所は、人口の増加に対応するため埋め立てる計画だったが、いぶきの会の申し出で植林に切り替えたという。

 「できれば、島の周囲すべてを緑にしたい。浸食を防ぐだけでなく、島の気温の上昇を防ぐ役割や、果物の木にすれば収穫もできる」。ファラフードさんは夢を膨らませる。

 モルディブ政府自身も、島々の海岸などに百万本の木を植えるキャンペーンに国を挙げて取り組み、すでに達成。現在は、二百万本を目標に推進しているという。

     ◇     ◇

 「海は、私が幼いころから何も変わってない。島が沈むという話など信じていない」

 クルドフシからさらに北へ二十キロ。ボートを乗り継ぎ、日本人が訪れるのは私が初めてという小さな島、フィネ。そこで出会ったアダムさん(60)は、そう話した。桟橋もなく、ボートから降りてひざ下まで海に漬かりながら上陸しなければならない島だ。

 フィネ、マーロス、クルドフシ…。モルディブの地方島の多くの家庭には今、テレビも洗濯機もある。しかし、住民たちは、漁を営み、ヤシの木の葉やサンゴの死がいを積み上げて家を建て、雨水を飲み、ヤシの実の皮を干して燃料にするといった自給自足を基本とする生活スタイルを、数百年間、大きく変えていない。

 大海の孤島で自然と共生し、日々変わらぬ暮らしを続ける人々にとって、地球規模の環境破壊など思いも及ばぬことだとしても無理はない。だが、同じ地球人でありながら、アダムさんたちよりはるかに環境破壊に関与している私たちは、だれも彼らを笑うことなどできない。

 クルドフシとマレとの往復に乗った小型飛行機の窓から、島々を眺めた。「地球の奇跡」と呼ばれる自然の壮美に圧倒された。そこで暮らすアダムさんの一言を思い出し、深く、胸を衝(つ)かれた。=モルディブ編おわり

☆マングローブ☆ 熱帯や亜熱帯地域で、海水と淡水が混じりあう湿地に生育する植物の総称で、百種類ほどある。日本を含めアジアや南米など世界各地に分布し、最大規模のインドネシアでは、日本の総面積の10分の1の広さに匹敵する広さの森もある。「海に浮かぶ森林」などと形容され、魚や貝などの水生生物や水鳥など多くの種類の生物が生息。しかし、近年は開発により伐採され、急速に消失している。マングローブの森では、落ち葉などによって1年間に数ミリの土壌ができることもある。

▼文と写真/吉田 賢治

2002/10/22 付 朝刊

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