西日本新聞

モルディブ編

海洋異変 豊かな恵みの陰で広がるサンゴ白化

大陸から遠く離れた無人島を利用したリゾート島の昼下がり。海、空の青さに息をのむ
白化したサンゴ。近年は再生したサンゴも多いという
山盛りの近海魚をさばくムサーリさん。色とりどりの魚はどれも丸々と太っていた

 青色に、こんなにたくさんの種類があるのかと驚かされるほど、場所によってさまざまな表情を見せるモルディブの海。そこに浮かぶ小さな無人島は、一島一リゾート島として次々に開発されている。その数は今、八十を超える。

  リゾート島で唯一の日本人資本があると聞き、南マレ環礁の最北端の島、ヴァドゥを訪ねた。

 色とりどりのサンゴが群生し、トロピカルフィッシュがたわむれる周辺の海域にはダイビングスポットが多く、ダイバーに人気がある島だ。総支配人の阪本時彦さん(50)は、徒歩で一周わずか五分ほどの、この島に暮らす。

 阪本さんの妻いづみさん(39)が宿泊客を案内し、島と周辺に生息する動植物を紹介する「フィールドガイド」に参加した。

 ヤシの木の上でひなを育てるアオサギ。砂浜にかすかに線を引いたようなヤドカリの足跡。先端のとがった葉がタコの足のように何本も広がった熱帯特有の植物のパンダナス…。

「小さい島だけど、いろいろな生き物がすんでいて、成長や繁殖を繰り返しています」

 リゾート客には、時間が止まっているようにさえ思えるインド洋の静かな孤島。しかしそこに腰を据える阪本さん夫婦は、刻々と変わる自然のかすかな動きにも、心を研ぎ澄ませている。

  十五年間にわたりヴァドゥで暮らす阪本さんにとって、忘れられない光景がある。一九九八年五月。ダイビング中の出来事だ。

 「全面真っ白く変色したサンゴが、日差しを強烈に反射していて、目が開けられなかった。とても悲しかった」

 その年の三月ごろから、モルディブの南の島々で報告されていたサンゴの白化現象。その波がヴァドゥの近くまで押し寄せてくるのを、防ぐ手だては何もなかった。

 サンゴ白化の要因の一つとして、海水温の上昇が指摘されている。

 阪本さんらが月一回発行している「フィールドガイドニュース」によると、ヴァドゥの海岸の平均海水温は、九七年五月は二九・四度だったのが、九八年五月は三〇・四度で一度上昇。午前九時の海水温が三〇度以上の日数も、九七年五月の六日間に対し、九八年五月は二十二日間と急増した。

 なぜ、海水温が上昇したのか。そして、それが白化を引き起こしたのか。科学的には解明されていない。阪本さんは「サンゴの白化が自然の営みであれば享受しなければならないと思う。しかし、人為的な要因で起こったのならば大変なこと。局地的な問 題では済まされない。地球全体で考える必要がある」と訴える。

 あれから四年。ヴァドゥではサンゴの回復が進み、若いサンゴも多く見られるようになった。阪本さんは「白化は残念だが、サンゴがどのようによみがえり、形成されていくのか。今、貴重な体験をしています」と話す。

 ヴァドゥ近くでは、ウミガメが回遊し、上陸して産卵もする。阪本さん夫婦は、ウミガメの脚に標識(タグ)をつけ、追跡調査などをする「ウミガメ・海洋生物パイロットプロジェクト」にも取り組んでいる。

 ウミガメの生態にはまだナゾが多い。これまでに標識放流したのはタイマイ、アオウミガメなど五百十五匹。宿泊客にも、ダイビングやシュノーケリング中にウミガメを見かけたら記録ノートに書き込んでほしいと呼び掛けている。ノートを開くと、ほぼ毎日書き込みがされている。

 ヴァドゥを出発する日の朝、もう何度も潜って味わった別世界をもう一度のぞきたくなり、再び海の中へ入った。

 いた!。体長六十センチほどのタイマイが目の前でサンゴをつついている。近寄っても、甲羅に触っても、まったく意に介する様子がない。一緒に泳いだ。子どもに戻ったように、心がはしゃいだ。

 阪本さんは、多くの日本人には地球環境問題が、海面上昇による水没が危ぐされるモルディブや、南極の氷山大崩落といったはるか遠い極地の出来事として認識されているのでは、と違和感を抱く。

 「モルディブにいると、日本のことにも想像が及ぶ。東京湾でも有明海でも同じように海面が上昇し、異常気象だってあるだろう。しかし、日本の人々に、その身近な危機感はあるのだろうか」

 モルディブ最北部のハー・ダール環礁・クルドフシへと、足を延ばした。

 マレに隣接する空港島から、飛行機で北へ約五十分。そこから南へスピードボートで二十五分揺られると、クルドフシの島影が見えてきた。人口七千三百人は、モルディブで三番目に人口が多い。

 港のそばの浜辺。近海で捕れた魚を、手慣れた包丁さばきで開いているムサーリさん(47)に声を掛けた。

 漁師のムサーリさんはこの日、別の漁師から塩漬け用の魚三百キロを買い付け、包丁でさばいて売るという。漁に出るのはひと月に一、二回。環礁内での漁一回で、漁師たちは一トン近くの魚を捕る。

 「漁にいつも出なくても、さばき代だけで生活は十分できる」

 この島で生まれ育ったムサーリさんは、手を休めることなく言葉を続けた。「海にポリ袋や空き缶を捨てる人がいて、海は少しずつ汚れてきている。でも、魚は自分が小さいころから変わらずたくさんいる。魚が捕れなくなるなんてことは、これからもないよ」

 ぜいたくとはほど遠い、つつましい人々の暮らしを、自然の一部として包み込む広大なインド洋。その豊かな恵みを実感せずにはいられない。地球環境の異変をめぐるさまざまな指摘が、杞憂(きゆう)であってほしいと思う。

 傍らでは、息子たちが、砂まみれになった魚を海水で洗う作業を手伝っていた。「子どもたちに、この仕事を継いでほしい」。ムサーリさんの願いだ。

●サンゴの白化現象 サンゴと共生する褐虫藻(藻の一種)が、サンゴ組織から抜け出し、サンゴの白い骨格が透けて見える現象。海水温の上昇や塩分濃度の変化などの影響で起こるとみられている。鮮やかな色を出す褐虫藻はサンゴが出す二酸化炭素で光合成を行いながら、サンゴに酸素や栄養分を与えている。褐虫藻がいない状態が続くと、サンゴは栄養不足で死滅してしまう。沖縄など日本を含め世界各地の海で報告され、多発した1998年には、エルニーニョ現象との関係も指摘されたが、明確な因果関係は不明。

▼文と写真/吉田 賢治

2002/09/17 付 朝刊

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