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| 大気中の浮遊微粒子(エアロゾル)の観測に用いる風船を準備する隊員 |
天空のカーテンにたとえられる緑色の光の帯が、音もなく揺れる。
五月。冬を迎えた南極・昭和基地上空に、オーロラが現れた。
第四十三次南極地域観測隊の総務担当、川添昭典隊員は、その幻想的光景をカメラに収めようと基地外に飛び出し、夢中でシャッターを切った。
この時期、戸外の気温は氷点下二〇度。カメラを持つ手を温めようと、ハーッと息を吹きかけた。
「あれ、吐息が白くならないぞ」
川添隊員の自宅がある福岡市の二月の最低気温は、二度前後。それでも、朝通勤するとき、息は真っ白になる。
南極はもっと寒いのに、なぜ…。
その答えには、地球環境に大きく影響する大気中の浮遊微粒子(エアロゾル)の存在が、かかわっているのだ。
エアロゾルは、工場の排煙から出る硫黄酸化物などの大気汚染物質や、風で巻き上げられた海水、砂粒など、大気中に漂う直径〇・一ミリ以下の粒子、いわゆるほこりだ。
寒い朝、息が白く見えるのは、呼気に含まれる水分が、それらのエアロゾルに付着、凝集されて水滴になるため。
極地の空でオーロラがひときわ美しく見える一因には、人間の生活活動の影響から遠く離れ、大気中のエアロゾルが極めて希薄な状態にあることが大きく寄与している。
では、エアロゾルは地球にとって厄介者か。実は、問題化している地球温暖化とは逆の作用、「寒冷化」の働きを持つのではないかとの見方があり、特に、海洋から生み出されるエアロゾルが注目されているのだ。それを実証しようという観測が、昭和基地や周辺の南極海で行われている。
◇ ◇
南極海の暴風圏を通過中の観測船「しらせ」は、その日、いつになく大きく揺れていた。
船酔いで、朝からベッドに寝込む隊員がいる中、第四十二次隊のエアロゾル観測担当、小林拓隊員は一人観測室にこもっている。
窓から船外に向け突き出したパイプ。そこから取り込んだ大気に光を当てると、エアロゾルがキラッと反射する。その反射光をセンサーで感知させて数えることで、含まれるエアロゾルの個数を割り出すという。
昭和基地でも六年前から同様の観測や、ヘリウムガスを詰めた巨大風船で、地上から上空三十キロまでのエアロゾル個数を調べる観測が行われており、「大気一CC当たり数百個」(都市部では一万個)という昭和基地周辺での平均値が導き出され、その希薄さが定量的に把握されつつある。
小林隊員が取り組む作業はもう一つ。しらせ甲板に設置しているペットボトルから毎日一回、直径一センチほどの紙製フィルターを取り出しては、新品と取り換える。
「フィルターには、さまざまなエアロゾルが付着しているので、日本に持ち帰って、成分を分析するんです」
◇ ◇
成分と個数に着目するのは、海から生み出されるエアロゾルの働きを見極めるため。
自動車の排ガス、火山灰、焼き畑農業に伴って出るすすなど、黒っぽいエアロゾルは、太陽の光を吸収するため、大気を温める温暖化作用を果たすと考えられている。
これに対し、海水から巻き上げられた塩や泡、化石燃料を燃やしたときにできる硫酸粒子など白っぽいエアロゾルは、太陽の光を反射するため、逆に寒冷化作用を起こすとみられている。
この双方が、どのように作用し合って、現在、指摘されている地球温暖化状況にかかわっているのか。それを解き明かすことができれば、地球表面の七割を覆う広大な海洋が持つ、温暖化を抑制する方向の潜在エネルギーの大きさを知ることもできるだろう。
それは、とりもなおさず、温暖化を進める働きをするエアロゾルの発生を、いかに抑えるか議論する際、貴重な基礎データにもなるはずだ。
小林隊員は語る。
「まだ、観測、研究は始まったばかり。分からないことが多いだけに、限りない可能性を感じています」
●両刃の剣、硫黄酸化物 大気中の浮遊微粒子(エアロゾル)の中には、寒冷化作用で地球温暖化を抑止する効果を持つものもあることを、本文で紹介した。化石燃料を燃やすことで生み出される硫黄酸化物は、その一つ。しかし、手放しで歓迎はできない。
なぜなら、硫黄酸化物は、いわゆる大気汚染物質。大気中に放出されれば、雨が降る際、酸性雨となって地球上に降り注ぎ、森林や農作物を枯らす原因となる。また、化石燃料を燃やすときには二酸化炭素が排出され、地球温暖化の原因となってしまう面もある。いわば両刃の剣だ。
国連傘下の専門家グループ「気候変動に関する政府間パネル」は昨年三月、二一〇〇年までの地球の気温上昇について、従来予測の「最大三・五度上昇」を、「最大五・八度上昇」へと上方修正した。
これは、中国など化石燃料を大量に燃やすことで硫黄酸化物を排出してきた発展途上国が、大気汚染対策として燃焼を控える方針を定めたことによる。大気汚染対策、地球温暖化対策、ともに重要性に変わりはないが、それを両立できない皮肉な現実もある。
▼文と写真/重川 英介
2002/08/06 付 朝刊