西日本新聞

南極編

豊饒の海 プランクトン関与 二酸化炭素を左右?

氷が溶け、海面が姿を現した南極海を進む観測船「しらせ」。ここは、大量のプランクトンが含まれる豊饒の海だ
「しらせ」に乗り込み、さまざまな水深の地点から海水を採取する観測隊員

 南極海の一面を覆う真っ白い氷。厚さ五メートル。観測船「しらせ」が、それを砕きながら、ゆっくりと前進する。

 艦橋にいた乗組員が、船のすぐ後方に、クジラを見つけた。海中に潜ったり、潮を噴き上げたりしながら、後をついてくる。

 「クジラがいるってことはね、この海に、えさになる魚がたくさんいるということなんだな」

 そう解説してくれたのは、今回で三年連続の南極地域観測隊参加となる、第四十三次隊機械担当、窪田公二隊員。

 釣りざおと投網を持参している。「だって、一年以上、基地にほぼ缶詰め状態。新鮮な魚が食べたくなるだろう?」

 氷に閉ざされ、生物をはぐくむ環境としては厳しすぎるイメージの強い南極海。しかし、昭和基地周辺には、ウニやキスをはじめ、クジラやペンギンなどの主食となる、ナンキョクオキアミが豊富にいる。

 頭からしっぽまでの長さは十センチ近くもあり、食用にもなるオキアミ。同海域での推定量は、なんと約十億トン。それは、とりもなおさず、周辺の海が、オキアミのえさとなる珪藻(けいそう)など植物性プランクトンに満ちあふれていることを物語る。

 それらのプランクトンが盛んに行う光合成が、地球温暖化をもたらす二酸化炭素を減らす役割をも果たすのではないか―。研究者たちの間で今、そんな関心が高まっているという。

 三月。夏の南極海は氷が溶け、海面が姿を現す。時速三十キロで航行していた「しらせ」は午後一時、徐々にスピードを緩めてとまった。

 第四十二次隊の生物観測担当、平譯享隊員らが、ヘルメット、安全靴姿で甲板に集まった。毎日この時刻、約二時間かけ、水深ゼロから二〇〇メートルまで十―数十メートルごとの各地点で、海水を採取する。

 そこに含まれる植物性プランクトンの量を計測し、光合成で、どれだけの二酸化炭素を吸収し、酸素を供給したかを導き出すのだ。

 言葉で説明すると、それだけのことなのだが、何せここは暴風圏のまっただ中。打ち寄せる大きな波で、船体は大きく傾く。甲板は飛び散ったしぶきで滑りやすい。「海に落ちても助けられませんからね」 観測の様子を写真に収めようと動き回る私に、隊員たちが心配そうに声をかける。海中深く沈められたプラスチック製容器が、ウインチで巻き上げられて回収された。思わず中をのぞき込む。もちろん、見ただけで、プランクトンの様子が分かるはずはない。

 平譯隊員が説明してくれた。「海水のサンプルに光を当てると、プランクトンが発光します。その光の強さを調べたりすることで、どれだけ光合成をしたのかが分かるんです」

 「しらせ」での観測に同行中、それまで続いていた荒天が収まり、晴れ間が広がった。しかし、海の様子がいつもと違う。緑色に見えるのだ。太陽の光を受け、プランクトンが大量に増殖したためで、日差しの強い夏の時期、南極海で見られる特徴的現象だという。

 この日採取した海水の分析結果を映し出すパソコン画面でも、プランクトン量の指標となる一立方メートルあたりの葉緑素濃度が、それまでより高い数値を示していることが確認できた。

 増殖したプランクトンの光合成に伴い、この海域では、大気中の二酸化炭素が大幅に減少しているのだろうか。

 問題は、そう簡単ではないらしい。植物性プランクトンは二酸化炭素を、光合成で吸収する一方、呼吸に伴い排出もする。さらに、増殖したプランクトンを目当てに集まったオキアミの、呼吸による二酸化炭素の排出量も増加する、とみられているからだ。

 結局、プランクトンの関与が、地球環境にとってプラスなのかマイナスなのか、答えはまだ分かっていない。それだけに、研究者の熱も入る。

 「南極海のプランクトンが温暖化抑止に貢献している、となれば、ロマンがあるじゃないですか」。平譯隊員は来年もまた、南極に向かう。

●食物連鎖で海底蓄積か 「南極海は、とにかくナゾに包まれているんです」。第四十三次南極地域観測隊から初めて、別動隊として運航された「海洋観測専用船」の責任者、小達恒夫副隊長は、そう語る。
 多くのナゾの中で特に注目しているのが、海中のプランクトンの働き。夏の日差しを浴び爆発的に増殖した植物性プランクトンが海水中の二酸化炭素を吸収。そのプランクトンをオキアミが、さらにそれをクジラが食べるという食物連鎖により、最終的に、二酸化炭素がクジラなどの『ふん』と一緒に、海底に蓄積される―という仮説だ。
 これが正しければ、海水中で減少した二酸化炭素を補うため、自動的に大気中の二酸化炭素が海水に溶け込む。温室効果ガスである二酸化炭素が大気中から減ることで、地球温暖化の抑止につながることになる。
 それを証明しようと、多くの研究者が観測専用船に乗り込み約一カ月間、船上で観測を行った。専用船の運航は、次期四十四次隊派遣の際も予定されている。

▼文と写真/重川 英介

2002/07/23 付 朝刊

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