西日本新聞

南極編

温室効果ガス ペンギンの楽園で空気の素性とらえ

約2000羽のアデリーペンギンが生息するルンパ島。地球環境問題は彼らの楽園にも忍び寄る
観測船「しらせ」で、南極海上の二酸化炭素濃度を計測する中嶌隊員

 小石を集めた直径三十センチほどの円形の巣。その真ん中にたたずむアデリーペンギンが、ふさふさした白い体毛で足元の卵を温めている。

 一月。夏を迎えた南極、昭和基地から南西へ約十キロ離れたルンパ島。約二千羽のペンギンが生息するこの島は、彼らの子育ての真っ盛りだった。

 「あの、くちばしがちょっと大きいのが雄。雌はえさを採りに海にいっているのよ」

 一年間の越冬観測を続けてきた第四十二次南極地域観測隊の撮影・記録担当、田中敬子隊員が、カメラのファインダーをのぞきながら、そう教えてくれた。

 私もカメラを構える。すると、別のペンギンが、体を左右に揺らす独特の歩き方で、こちらへやってくる。

 愛らしい姿ながら、何ともいえぬ迫力に、思わず後ずさる。

 「ペンギンはね、好奇心が強いんです」

 南極の強い日差しで真っ黒に日焼けし、すっかり「住人」ぶりが板に付いた田中隊員に比べれば、私は、彼らの興味をそそる「新参者」か。

 記録上、人類が初めて南極に到達したとされる一八二一年よりずっと以前から、南極大陸や周辺の島々には、アデリー、コウテイ、アゴヒゲなど八種のペンギンが生息。その数は四千万羽とも、それ以上ともいわれ、海に潜りオキアミを食べ、砂浜でひなを育てる営みが繰り返されている。

 ただ、十八世紀の産業革命以降、活発化した人間の経済活動に起因する環境への負荷は、ペンギンたちの楽園にも、影響を及ぼす懸念がじわじわと強まっている。例えば、オゾンホール発生による紫外線照射量の増大、地球温暖化に伴う海氷融解―えさ場の変容…。

 昭和基地の観測棟。午前八時、第四十二次隊の大気観測担当、中嶌裕之隊員は、日課となっているパソコンの作動確認をすませると、ホッとした表情を浮かべる。

 「とにかく観測装置が複雑で、壊れたら、直せませんからね」

 中嶌隊員が観測しているのは、空気中の二酸化炭素やメタンなどの成分濃度。石油、石炭といった化石燃料を燃やすことで大気中に排出され、地球温暖化にかかわる温室効果ガスだ。

 観測棟から二十メートルほど離れた氷海の岸辺までシリコン製ホースを延ばしてあり、そこから二十四時間、三百六十五日、連続して外気を取り込み、それを分析する。

 なぜ、わざわざ、そんなことを?

 「南極大陸や周辺海域は、工場の煙や車の排ガスなど、データを左右する外的要因がほぼゼロ。だから、地球の空気の素性が映し出されるんです」。観測棟のそばの空気だと、微量であっても、隊員の呼気やエアコン排気に含まれる二酸化炭素が交じってしまい「あえて南極で観測する意味がなくなるから」(同隊員)だ。

 観測船「しらせ」がオーストラリアと南極大陸を往復する間にも、南極海上の大気を、船外に取り付けたパイプから連続して吸入、計測した。

 そうしたデータが、温室効果ガスの動向を把握する際の、基礎資料となるのだ。

 興味深いデータがある。

 一九八四年にスタートした昭和基地での二酸化炭素濃度の測定結果は、新たな隊が訪れる度、最高値を更新し続けている。年平均の濃度は三六〇ppmを突破した。

 政令指定都市で唯一、同様に濃度を測定している名古屋市の三九四ppm(二〇〇〇年度の平均)こそ下回っているものの、産業革命以前の地球平均濃度とされる二八〇ppmより、三割も高い数値だ。

 エアコンや車、さまざまな工業製品のおかげで私たちは、快適な日々の生活を享受している。だが、それらを生産し、使用する中で排出され続ける二酸化炭素など種々の温室効果ガスが、この大気中に、確実に蓄積されていることをデータは物語る。

 自らの呼吸以外、二酸化炭素を排出することはないペンギンたち。あの時、私を見つけ、近寄ってきたのは、物珍しさなどではなく、記者の私に何かを訴えようとしていたのでは―。この記事を書きながら、そんなことを考えた。

●日射のみなら零下18度 地球の温度は、太陽から受ける熱の量と、宇宙への熱の放射量とのバランスで決まる。
 太陽の日射は、大気を透過して地表を温め、加熱された地表からは、赤外線が放射される。その赤外線の一部は、大気中の二酸化炭素などが吸収した後、地表に向けて逆放射され、再度、地表を温める「温室効果」をもたらす。
 この作用がなければ、太陽からの日射のみによる地表の温度は、零下一八度にしかならないとされ、二酸化炭素をはじめとする「温室効果ガス」の働きで、地球は適度な温度に保たれているわけだ。
 しかし、あまりに人類が排出する二酸化炭素などの量が多いため、全体のバランスが崩れ、温室効果が強まりつつある点に今日の問題がある。
 これを防止するため、先進国の温室効果ガス排出量削減を義務づけたのが、一九九七年に京都で開かれた「第三回気候変動枠組み条約締約国会議」で採択された京都議定書。欧州連合(EU)をはじめ、日本も六月に批准。しかし、米国は離脱。ロシアなどの批准への取り組みの遅れで発効時期も不透明だ。

▼文と写真/重川 英介

2002/07/09 付 朝刊

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