西日本新聞

南極編

氷床流動 衛星と竹ざお駆使 異変の端緒を探る

白瀬氷河をヘリからのぞむ。1年に2キロの速さで流動するといい、表面にはいくつものクラックが見えた。
ラング平頭氷河で、つきたてた竹ざおを使って雪の増減を調べる木下・斉藤隊員

 垂直に切り立つ氷壁。高さは十メートルを越えているだろうか。私を乗せたヘリコプターが、延々と連なる巨大な氷の壁に沿って飛ぶ。

 「白瀬氷河」。日本の南極観測拠点・昭和基地から南へ約百キロ。南極探検の先駆者、白瀬矗(のぶ)中尉(一八六一―一九四六)に敬意を表して名付けられた、氷河観測点の一つだ。

 日本の国土面積の三十八倍に当たる一千四百万平方キロメートルもの広さを持つ南極大陸。その大半を、厚さ平均二キロもある巨大な氷床が覆う。

 氷床は、一万年とも、それ以上ともいわれる時間をかけて流動し、沿岸部で流速の速い氷河や、海上に突き出た棚氷の一部となる。

 やがてそれらは海流に洗われて崩落、氷山となって海へと流れていく。その緩やかなサイクルに、今、異変が起きているという専門家の指摘が広がっている。

 今年三月、世界の研究者の間に衝撃が走った。英国の南極観測局が発表した棚氷「ラルセンB」崩落のニュース。厚さ約二百メートル、福岡ドーム約八万個分の広さに相当する巨大な氷塊が、大崩落したのだ。

 一九九五年に同様の崩落があり「次は当分、先」との見方があった。第四十三次南極地域観測隊の西尾文彦隊長は「付け根にクラック(割れ目)が入っていたのは知っていたが、こんなに早く崩れるとは」と驚きを隠さない。

 とはいえ、地球温暖化に伴う極域の気温上昇で、そうした現象が起こるとの指摘は以前からなされていた。

 ヘリは、そうした異変の端緒をとらえるための観測現場へと機首を向けた。

 昭和基地から南へ約三十キロ。ラング平頭氷河。訪れた当時は南極の真夏の時期。気温二度だが、強い日差しと氷河の照り返しで、体中が汗ばむ。耳をすますと、氷河の溶け出すトロトロという水音が聞こえる。

 同観測隊の雪氷観測担当、斉藤隆志、木下淳両隊員は、氷河に挿してある竹ざおの長さを測っている。「一メートル二〇センチ」。目盛を読む木下隊員の声に、斉藤隊員がメモを取りながら答えた。「一週間前より、二・五センチ少ないね」

 氷河の上部から末端まで、二百メートルおきに計十五本の竹ざおを並べて挿し、定期的にその長さを測る。雪が溶ければ突き出た部分は長くなるため、それで雪の増減が分かる仕組みだ。氷河下部の池には水位計が置かれ、それと雪の増減、気温などの関係から、氷河の体積変動をとらえるという。

 それにしても竹ざおとは…。こちらのけげんそうな表情を察したのか、「地味な作業だけど、雪の増減を知るにはこれが一番」と斉藤隊員。

 「確かにここは、広い南極大陸の氷河の一つにすぎないし、全体をみるには人工衛星による観測が必要。でも、ここでのデータが、衛星記録を分析するときの重要な地上検証になるんだ」

 「はい、受信開始です」。巨大コンピューターがうごめく、昭和基地の人工衛星信号受信棟。受信技術者の阿部素士隊員が合図を出すと、データ分析をする若林裕之隊員が姿勢を正し、パソコンに向かった。

 午後十一時五十分に始まった衛星信号の受信は、午前零時五分に終了。欧州の地球観測衛星「EERS―2」が基地上空を通過した十五分間にとらえた衛星写真には、大陸氷床上のクレバス(裂け目)や氷縁、氷海上を流れる氷山がくっきりと写し出されていた。

 「お疲れさま」。無事に受信を終え、ビールでのどを潤し、ひと息つく。一年間、八十回以上にわたり、この衛星が基地上空を通過する度に受信作業を行う。

 蓄積されたデータは、斉藤隊員らが計測した氷河の体積変動と組み合わせて、初めて“生きたデータ”となり、氷床がどのくらい動いているのか、その厚さに変化がないのか―をチェックするのに役立てられる。

 コンピューターの上に、お神酒が上げられているのが目に留まった。

 「正確に動いてもらうための神頼みです」。照れ笑いする阿部隊員。ここにも漂う人間臭さ。地球科学最前線の現場が、思いの外、身近に思えてきた。

    ◇    ◇

 「地球温暖化」に代表される、地球規模の環境問題。今年で創刊百二十五周年を迎えた西日本新聞社はこれを機に、記者を極地や赤道地帯などに派遣。それぞれの現場から、この星の未来に警鐘を鳴らす人々や状況、現象の数々をリポートしていく。

●崩落、何らかのサイン 「私たちが予想していた以上の頻度で氷河や棚氷が崩落、流出している」。三十年以上も南極の氷を観測し続けている第四十三次南極地域観測隊の西尾文彦隊長は、南極で今起きている現象の問題点をこう説明する。
 人類が、人工衛星による観測を始めて二十年余り。地形図を変えるほどの巨大な棚氷の崩落は、数十年から百年に一度の自然の摂理と考えられてきたが、「少なくともここ二十年間、昭和基地西方にある南極半島の『ラルセン棚氷』だけで、三回の崩落を確認している」(西尾隊長)という。崩落はこれにとどまらず、沿岸部各地で起きている。
 その原因として「地球温暖化」を指摘する声は多いが、慎重論もある。南極にある各国の観測拠点では、平均気温が上昇しているところもあれば、下降しているところもあるからだ。
 西尾隊長は指摘する。「今南極で起きていることは、数十万年の単位でいえば単なるノイズ(雑音)にすぎない。しかし数万年の単位で考えると、氷が何らかのサインを発していることは間違いない」

▼文と写真/重川 英介

2002/06/11 付 朝刊

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