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| 地域を元気づけようと商店街の中を練り歩く「黒田二十四騎」 =北九州市八幡西区 |
「元気な黒崎目指して踏んばれコムシティ!エイエイオー」
北九州市八幡西区のJR黒崎駅前。五月下旬に運営三セクの黒崎ターミナルビル(KTB)が民事再生法の適用を申請したコムシティの玄関口で一日、よろい武者姿の一団が気勢を上げた。
地元ゆかりの黒田二十四騎に扮(ふん)したのは、黒崎商店組合連合会の商店主ら。消費不況を退治する“荒武者”たちは、やりを突き上げる「出陣の舞」を披露。初夏の日差しを浴び重さ約二十キロのよろいの下で汗が噴き出した。
コムシティは二〇〇一年十一月にオープン。北九州市が進める黒崎副都心計画の核にと期待されたが、売り上げ低迷から開業一年半で破たん。武者たちのエールは、逆境の自らを鼓舞する叫びでもあった。
▼破たんに危機感
「このままでは黒崎の灯が消える。とにかく何かやろう」。黒崎駅を中心に扇状に広がる商店街の連合体・黒崎商店組合連合会の葛原宏治会長(60)が呼び掛けた。
ライバルのコムシティや隣接する百貨店の井筒屋黒崎店と疎遠だったが、破たんを受けて緊急協議。「毎月一、十五日に、一帯で武者行列などのイベントをする」「井筒屋と商店街の回遊性を高めるスタンプラリー検討」「井筒屋が夏に予定している筑豊電鉄の納涼電車企画に商店街も参加する」―など街を挙げての協力を決めた。
商店街の変化に、「みんなが危機感を持った」と葛原会長。福岡県宗像市の大道芸の劇団がボランティア参加を申し入れてくるなど、支援の輪も広がっている。
▼相次ぐ店舗撤退
黒崎地区の周辺には新日鉄八幡製鉄所、三菱化学、安川電機など製造大手が立地。かつて通勤の従業員、家族の日々の買い物などで通りは活気にあふれた。
だが、メーカーは合理化の時代を迎える。戦後のピークに四万四千人いた八幡製鉄所の従業員は、現在、その一割に満たない三千二百人。黒崎地区で一九八八年に六百四十七店あった小売店は、九九年には四百八十五店に減っている。
加えて、二〇〇〇年十二月の旧黒崎そごう閉店をはじめ、ここ数年でダイエー系のトポス黒崎店、長崎屋黒崎店が相次いで撤退した。〇一年十月、ようやく黒崎そごう跡に井筒屋黒崎店が移転・開業したのもつかの間、KTBの破たんは再び冷水を浴びせかけた。
▼通り再生を検討
逆境をはね返すのは何か。住民が策定した通りの再整備計画は〇二年度、国土交通省の「みち再生事業」に全国トップで指定を受けた。
「長崎街道を生かした道路にできないか」「市場風にしたい」などアイデアが出され、歩道の清掃や、迷惑駐車の防止など自主規制も整備している。店舗改装の際には、イメージに沿った建物にする通りもある。
ただ、取り組みを支える黒崎中心市街地まちづくり委員会事務局の堀敬治さん(40)は「テーマがバラバラでは商店街全体の魅力アップは疑問」とも指摘する。
大型施設の破たんをきっかけに、大きく連帯の輪を広げようとする黒崎商店組合連合会。厳しい道のりだが、各地の商店街と同じく、勝ち名乗りを上げる日を信じて歩き始めたのは確かだ。
(おわり)
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