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ろうあ者の「原爆」手話で 長崎8・9式典で「平和の誓い」 被爆者代表 山崎栄子さん


記者会見で、手話を使い被爆の惨劇を語る山崎栄子さん =31日、長崎市役所
 長崎市で九日に開かれる平和祈念式典で「平和への誓い」を読み上げる被爆者代表を、初めて、ろうあ者の山崎栄子さん(76)=同市=が務めることが決まり、三十一日、同市役所で会見した。山崎さんは手話で「ろうあ者の悲惨な被爆体験は知られていないので、自分が代表で語っていかねば」と涙ながらに話した。

 山崎さんは生まれつき聴覚障害があり、言葉もしゃべれなかった。十八歳のとき、疎開先の長崎県時津町で両親と一緒に原爆の光を見た。夕方、爆心地に近い長崎市山里町の自宅に戻ると、姉は爆死していた。周辺の惨劇も目にしたが、意味が分からず「大きな爆弾が落ちた」と思っていた。

 原爆を知ったのは一年後、展示会できのこ雲の写真を見たとき。放射能の後遺症など核兵器の真の恐怖は、三十年ほど後、夫に教えられたときに知った。「ろうあ者には情報が入らないことが一番つらい」と山崎さん。

 当日は手話で「誓い」を述べ、傍らの手話通訳者が読み上げる。山崎さんは「真相を知らず、何も語れずに死んでいった仲間のことを思うと涙が止まらない」と言って涙をふいた。



[2003/08/01朝刊掲載]

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