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'05/09/20 朝刊掲載】
いにしえの旅=「藍彩万年壺(らんさいまんねんこ)」
鉛釉陶器、ひとつの到達点/案内人…遠藤啓介さん

 中国陶磁器の中で唐三彩は多くの人を魅了し続けている。おそらく目にはえる緑や藍などの色合いの美しさやエキゾチックな雰囲気から多くの人に愛されてきたのだろう。

 今日紹介する藍彩万年壺も色は白と藍(あい)のみだが唐三彩の一種である。白化粧をした上に藍色の釉薬(ゆうやく)が無造作にかけられ、釉(うわぐすり)の流れたすじが独特の雰囲気をかもし出している。そして、藍色も釉薬が溜まると濃紺になるが、流れた部分はきれいな薄い藍色をしており、そのコントラストも楽しい。

 唐三彩を、日本や欧米のコレクターたちが収集するようになるのは二十世紀初頭になってからで、その研究はまだ百年もたっていない。一九〇五年、開封から洛陽に通ずる鉄道の敷設工事をした際、洛陽の郊外、〓山(ぼうざん:おおざとへんに亡)山麓で唐代の墓にあたり、金銀器や他の土器とともに唐三彩が発見された。そこから北京の骨董(こつとう)屋に持ち込まれて初めて存在が知られるようになった。それが評判になり二〇年代にもっとも盗掘が盛んだったという。その唐三彩を欧米や日本のコレクターが買い集め、今では質の高いコレクションとして世界の美術館や博物館に展覧されているのである。

 焼き物の歴史の大きな流れから見ていくと、唐三彩は鉛釉陶器の仲間にはいる。鉛釉陶器の歴史は古く、中国ではすでに戦国時代(紀元前五、六世紀)には作られるが、本格的に製作されるのは紀元前後の漢代からであり、緑色や褐色が多い。

 漢代以降、鉛釉陶器はあまり見られなくなるが、南北朝時代にそれが復活し、唐三彩誕生への序章となる。南北朝時代には唐三彩誕生への重要な出来事がこのほかにも二つあり、その一つが白磁の誕生である。唐三彩の鉛釉がきれいに発色するためには白い素地が必要であり、白磁の誕生は、唐三彩の誕生にも大きな影響を与えた。

 もう一つは、南北朝時代の焼き物に多用される貼花文であり、これは唐三彩の主要な装飾方法として大きな発展を見せる。南北朝時代に起きた鉛釉陶器の復活、白磁の誕生、貼花文の流行。この三つは唐三彩誕生に深くからみ合い、大きく道を切り開いた。

 六世紀後半、白磁の生産が始まりその素地を使った鉛釉陶器が作られ、隋を経た七世紀の半ばには唐三彩が生まれたのであろう。初唐から盛唐にかけて作られた唐三彩は皇族や貴族の墓に多く埋葬され、爆発的な流行を見せるようになる。このような事実は、唐三彩が宮廷用の陶磁器を焼いた、一種の「官窯」の役割を果たしていたことを物語るものであり、鉛釉陶器の歴史の中でも完成度が高く、ひとつの到達点に達したことが見て取れるのである。

 さて、最後にもう一度この作品を見ると、やはり美しいのは藍色の釉にあることがわかる。この藍色の釉は顔料にコバルトが用いられており、その産地は西アジアと考えられている。この作品は藍色の釉を流しがけにしているが、同じ藍釉を使って簡単な花文や幾何学的な文様を描く焼き物がある。それらは年代がやや下がり晩唐(九世紀)の作とされ、晩唐三彩と呼ばれる一般庶民用の三彩で、今回の藍釉万年壷と区別される。

 この焼き物は、同じころのイスラム陶器に類似した文様を見ることができ、中国ではその大部分が江蘇省揚州市から出土している。揚州は遣唐使の一行も立ち寄った有名な国際貿易都市であった。

 九八年、インドネシアのビリトゥン島沖で唐代の沈没船が発見され、総計六万七千件もの焼き物が引き揚げられ話題を呼んだ。この中に藍釉で絵付けをした作品がわずか三点だが見つかった。晩唐の三彩ではこのほかに緑彩のものが二百件引き揚げられ、それは藍釉で絵付けしたものと同じく、中国の江蘇省揚州市から大部分が出土しており、イスラム陶器に類似した作品がある。そして、重要なことは、この緑彩の焼き物がイラクのサマラ遺跡などから出土し、イスラム向けに作られたことが分かっていることである。

 いまだ藍釉で絵付けした焼き物が、イスラム地域の遺跡から発見されたという情報はないが、さまざま傍証からこれらがイスラム向けに作られた可能性は大きい。商魂たくましいイスラム商人が中国で藍釉の絵付けを注文し、できた製品を揚州で船に載せ、海のシルクロードを通じてイスラムに持ち帰ったのかもしれない。コバルトの釉を使った焼き物からこう想像するのは、夢が膨らみ楽しい。

 ●万年壺 中に穀物を入れ墓に納めて、死者の永遠の食料にしたことから万年壷と名づけられたとされるが、俗説とも言われる。広い口で胴が満々と丸く張り、裾に向けてゆっくりとすぼまる形が特徴的で、ふたには宝珠がつくのが一般的である。

 ●鉛釉陶器 鉛は700―800度の低火度で珪酸分を溶かしてガラス化させる特性がある。どのような素地にも適合し着色剤によって美しい色を出せるため、多くの焼き物に用いられ、歴史も古い。着色剤は酸化銅(緑色)、酸化鉄(褐色)、酸化コバルト(藍色)、マンガン(紫色)などが用いられた。

 ●貼花文 土器や陶磁器に施される装飾技法の一つで、粘土を型抜きや手びねりで文様を作り、これを器に張り付けて文様とする。

▼えんどう・けいすけ 1975年東京都生まれ。明治大学文学部卒、専修大学大学院文学研究科修士課程修了、筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程中途退学。博士課程在学中に中国・復旦大学文物与博物館学系に1年半留学。8月から九州国立博物館(福岡県立アジア文化交流センター)学芸員。専門は中国陶磁史。


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広い口に満々と胴が張った「藍彩万年壺」。白磁に流しがけにした藍色の釉が美しい
=九州国立博物館提供