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還暦に「夏色」ジャンプを CDデビュー20周年 ゆず

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 NHKのアテネ五輪中継テーマ曲「栄光の架橋」や同局朝ドラの主題歌「雨のち晴レルヤ」など印象的な楽曲を生み出してきたアコースティックデュオ「ゆず」。CDデビュー20周年のベスト盤「ゆずイロハ」を26日にリリースし、5月から記念のドームツアーを敢行する2人が歩みを振り返りました。

 -20年を振り返ってみて?

 ★北川 句読点でいう「。」が20年でついた感じがしています。ずっと走り続けてきて、初めて立ち止まって考え、よく頑張ったな、と。一緒に歩んでいただいたファンへの感謝の気持ちもわきました。

 昨年末に東京ドームでコンサートをやりながら、いい意味で「ゆずはゆずで
しかない」と思いました。これまで「もっと新しいものに」といろいろ挑戦し、「ゆず」というコップ自体を変えようとしてきたけど、このコップはそのままでいい。タイプも声質も違う人間が重なって生まれるものが「ゆず」であり、それは永遠に僕らでしかできないんです。

 ★岩沢 われわれはエリートではなくて、路上で学んできたことをやっているたたき上げ。デビュー当時、ダンスミュージックが全盛の中でフォークギターを持って歌うスタイルは、カウンターカルチャーというのか、ちょっと珍しくて、それで有名になったというのが最初はあった。だんだん「俺たちもできるかもしれない」と思われ、親のフォークギターを倉庫から引っ張り出してみんなが弾き始めた。それは僕らの影響だけではないのだけど、なんかちょっと音楽を身近に感じてもらえたんじゃないかな。

 -転機になった楽曲は?

 ★北川 スタートとなった「夏色」。路上時代からやっていた曲で、今までツアーで1回も歌わなかったことはない。「『夏色』でもいいですよ」という軽い気持ちでデビュー曲を決めたんですけど、ここまで歌い継いでいくことになるとは。

 大きな転機はやはり「栄光の架橋」。この曲の依頼が来た時、大事なポイントになると感じて3カ月ぐらいかかって作った。オリンピックの中で流れて、それ(五輪中継テーマ曲という枠)を越えて多くの人に歌い継いでいただいて。幅広い層に届けられる喜びをすごく感じるようになりました。

 -今回のアルバムタイトルはなぜ「ゆずイロハ」?

 ★北川 アルバム製作までに僕らで255曲を作っていました。どの曲もベストを尽くしてきたので、ちょっと選べない。まず旗が必要だと思って浮かんだのが「イロハ」という言葉。「夏色」とか「架橋」は知っているけど、他は知らないという人にも「こんなグループですよ」と知ってもらう手引みたいにできたら、と思って付けました。「イ」「ロ」「ハ」の3枚組50曲。「イ いくつもの日々を越えたよ20年」などカルタのようなカテゴリーにして、みんなで選んでいきました。

 -ゆずの原点は?

 ★北川 路上で歌い始めた時に、周囲は進学や就職と進路を決めていて、僕らはあまり居場所がなかった。未来を迷っていた時に「ゆず」をやり始めたんです。だから居場所である「ゆず」を一日でも長くどうしたらやれるか。その時の基本は2人がたくさん歌うこと。どうやって足を止めてもらって耳を傾けてもらえるのか。MCもすれば、盛り上がる曲も歌った。2人の歌だけしかないので、何を歌っているかちゃんと聞いて分かるようなものにしなくてはならなかった。そうやって路上で培ってきたものすべてが僕らの礎となっています。

 -今後の「ゆず」は?

 ★北川 マイペースで自分たちの音楽は守りつつ3世代の方に聞いてもらえるようなオンリーワンを目指し続けたい。願わくは、60歳になった時に同じように「夏色」を歌ってジャンプして、みなさんとライブを楽しんでいる還暦の「ゆず」、死ぬまで「ゆず」をやろうかな。

 ▼ゆず 横浜市出身の北川悠仁(きたがわ・ゆうじん、1977年1月14日生まれ)=写真左=と岩沢厚治(いわさわこうじ、76年10月14日生まれ)の2人組。96年に結成、97年にデビュー。「雨のち晴レルヤ」はNHKの朝ドラ「ごちそうさん」の主題歌になった。ヤフオクドームで6月4日にライブ開催。キョードー西日本=092(714)0159。


=2017/04/02付 西日本新聞朝刊=

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