「新社長」として業績上げなきゃ 博多座で親子4人襲名披露公演 八代目中村芝翫さん

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 長男の橋之助さん、次男の福之助さん、三男の歌之助さんと親子4人同時襲名をした八代目中村芝翫さん。6月には博多座で襲名披露公演があります。亡き父が40年以上名乗っていた名前を継ぎ、その大名跡をどう受け止めるのか。博多座公演の抱負とともに聞きました。

 -芝翫の名前、慣れましたか?

 ★芝翫 まだ時間はかかります。父親が昭和42年から亡くなるまで名乗っていた名前ですから、どうしても父親の長い顔が思い浮かぶんで。これを消すというのはなかなかの作業じゃないかと。

 昨年10月の歌舞伎座での初日、襲名口上で橋之助が「父の前名である橋之助」と言った時に「すごくいやだな。渡したくない」と一瞬嫉妬しました。だからうちの父親も上でそう思っているんじゃないでしょうか。

 (芸の)ハードルは高くなりました。橋之助の時代は「あー、それだけやっとけば大丈夫だよ」という感じだったんですが。1月の松竹座で勧進帳を務めた時に、富樫で出てくださった(片岡)仁左衛門さんに毎日言われたことが身にこたえている。(そうした厳しいプレッシャーを)経験していかないと奥深さにつながりません。

 -立役(男役)での芝翫は100年以上前の四代目芝翫、大芝翫以来ですが。

 ★芝翫 六代目、七代目の芝翫というのは女形のイメージが強うございますので、多くの方が「あなたが芝翫をやっていいのですか」とおっしゃいましたけど、四代目、そして五代目だったひいおじいさんの歌右衛門も両方やっておりましたので、そんなに思うところはありません。うちの父親はよく人間は謙虚でいなければいけない、感謝の気持ちを持って、自分の信念を貫く-この三つを必ず言っていました。父親は女形で僕は立役。役柄こそ違いますけど舞台に対する精神というものは同じだと思っています。それが成駒屋のスピリッツかもしれません。

 (板東)三津五郎の兄さんがおっしゃっていたことの引用なんですが、芝翫というのは「芝翫」という会社の社長に新たに就任したようなもの。だから八代目としてその時代の業績も上げなきゃいけないし、新しいものを開拓していかなきゃ。七代目までの芝翫よりももうちょっと業績を上げて3人の息子の誰かに九代目を渡す、という作業が大事なんじゃないかと思います。(中村)勘三郎、三津五郎という2人がある日、ふっといなくなってしまった。放心状態にもなりました。兄さんたちのまねはできないし、穴も埋められないかもしれない。でもやっぱり七代目芝翫がやってきたように、自分のことだけではなしに歌舞伎界全体を考えていかなくてはいけない立場だな、と思っています。

 -博多座では親子4人の連獅子を披露されますが。

 ★芝翫 前の歌舞伎座でのさよなら歌舞伎の時に、勘三郎の兄が勘九郎、七之助の2人とやっていて、「おまえのところは3人だから4人連獅子だね。うちは負けたよ」と大きな声で笑っていたのが忘れられず、襲名が決まった時にすぐに4人連獅子をやらせてほしいとお願いしたわけなんです。勘三郎の兄に恩返しができました。にぎやかなお祭りが博多座にはぴったりです。

 -息子さんたちと福岡にもゆかりがある菅原伝授手習鑑(かがみ)の車引(くるまびき)を演じられますが。

 ★芝翫 襲名などのイベントでもない限り20歳そこそこで梅王丸をやらせてもらうことはないので、素晴らしいことです。梅王丸を演じる橋之助は(中村)吉右衛門のお兄さまが、桜丸の福之助は(尾上)菊之助君が、杉王丸の歌之助は(市川)染五郎さんがそれぞれ教えてくださる。いい師匠がついているんでね。先輩方の教えを請うて、それを力にして博多のみなさんに喜んでいただけるような舞台づくりをしてほしい。いつかは親子そろってこの博多座で菅原の通し(狂言)をできたら、と思っています。

 ▼なかむら・しかん 1965年8月31日生まれ。屋号は成駒屋。70年に初舞台。80年に三代目中村橋之助、昨年八代目芝翫を襲名した。博多座の襲名披露大歌舞伎は6月2日から26日まで。自らは「河内山」を本興行で初めて演じる。ほかに坂田藤十郎、尾上菊五郎、中村鴈治郎らが出演。博多座電話予約センター=092(263)5555。


=2017/05/21付 西日本新聞朝刊=

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