始まったばかりだから、キャリアなんて 映画「いつまた、君と~何日君再来~」主演 尾野 真千子さん

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 戦中、戦後を懸命に生きた家族の物語を描いた映画「いつまた、君と~何日君再来~」。苦難続きの一家で夫を支え、朗らかに生きる妻を愛らしく演じた尾野真千子さんは、今年で女優デビューから20年。現在地とこれまでとこれからを気さくに語ってくれました。

 -終戦後に中国から引き揚げ、貧しいままに点々と移り住む一家。夫・吾郎を演じた向井理さんの祖母の手記を映画化した本作で、その祖母を演じました。次々に不幸に見舞われて、演技とはいえ、つらくありませんでしたか?

 ★尾野 うん、つらくなかった(笑)。そんな人生でも、苦労を乗り越えて、合間には吾郎さんが(絵を描いたり、歌を歌ったりして)家族を楽しませてくれたし、笑顔をくれたから。そりゃね、実際生きたら大変でしょうけど、演じる上では楽しかった。きっと当時も、貧しくて苦労しても幸せを感じるときはあったんじゃないかな。でも酔った吾郎さんが私にお金を投げつける場面だけは、実際の尾野真千子は「はあ!?」って思いました。

 -戦中戦後の献身的な女性の役、尾野さんには珍しいのでは?

 ★尾野 知らない時代を演じるのがすごく好きなんです。もんぺはいて、自分に一番合ってる気がして。その時代を伝えることがあたしの役目なのかな、なんて思うこともあるくらい。現代の方がむつかしいな。なぜだろ。

 -「生きていくってのは面倒なことだな」って夫がつぶやく場面があります。そんな気持ち、尾野さんは経験ありますか?

 ★尾野 面倒と思ったことはないな。大変ですけどね、生きてくって。この仕事一本で食べられないとき、あたしどうなるんだろうって思った。でもね、目指すものがそこにはきらきら輝いていたから面倒なんて思わなかった。

 -下積み時代もありましたね。

 ★尾野 うん、それがあるから、食べること、仕事することを幸せに感じて、いろんなことに感謝できる。今、人に会うってことが本当に楽しくて。(下積み時代に)誰とも会えない時期があったからかな。

 -今作は3人の子の母親。他の作品でも母親役が印象に残ってます。子どもは得意ですか?

 ★尾野 いやいやいやいや…。実はね、苦手なんです。どう接していいか、子どもの気持ちが分からない。一緒に遊んだり歌ったり努力はしましたけど…。

 -苦手には見えなかった。

 ★尾野 よかった、それは子どものおかげ。子どもたちに、お母さんにしてもらってるんだなっていつも思います。

 -キャリアを重ねて、多くの賞も受賞して、私は女優に向いてたなって思う瞬間もあるでしょう。

 ★尾野 まだ始まったばっかりだから、キャリアなんて…

 -始まったばっかり?

 ★尾野 そうですよ、だってちゃんとこれでご飯食べられるようになって数年ですよ。やっと、やっと、お芝居が思う存分にできるようになった。「元気が出ました」とか「明日から頑張れます」ってファンレターもらうと、あたしのひと言でいろんな人がいろんな気持ちになってくれるんだ、あたしがやってることにもちょっとは意味があるんだな、って。普通の人をもっと演じたい。向井くんのおばあちゃんは手記を残してこうして映画ができた。私が残せるものって芝居でしかないから。

 -尾野さんと九州といえば福岡などで撮った映画「EUREKA(ユリイカ)」。デビュー直後の10代。方言も上手でしたよ。

 ★尾野 え? 福岡弁使ってた?(笑) あの映画はデビュー作「萌の朱雀」の次で、有名な役者さんたちの中で、どこに立って何をすればいいのか、何も分からなかった。役者をやりたいなと思い始めたころだけど、緊張しかなかった。何も覚えてません。共演した宮崎あおいちゃんとしゃべったのは覚えてるけど、芝居をした記憶は…。そうだね、あの映画、九州だったなあ。

 ▼おの・まちこ 1981年奈良県西吉野村(現五條市)生まれ。中学2年生のとき、学校で靴箱を掃除中に河瀬直美監督の目に留まり、「萌の朱雀(すざく)」で主演デビュー。2007年には河瀬監督の「殯(もがり)の森」に再び主演し、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞する。近年の出演作に「そして父になる」「後妻業の女」など。テレビドラマの代表作に「火の魚」「カーネーション」「最高の離婚」「おかしの家」がある。


=2017/07/02付 西日本新聞朝刊=

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