列車には人の心を揺さぶる何かがある 映画「オリエント急行殺人事件」監督・主演 ケネス・ブラナーさん

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 アガサ・クリスティの代表作を現代のオールスターキャストで映画化した「オリエント急行殺人事件」で監督を務め、自ら探偵ポアロを演じたのが英国の名優ケネス・ブラナーさんだ。第2次世界大戦中の実話を基にした映画「ダンケルク」での「静の演技」で、威厳のあるボルトン海軍中佐役も記憶に新しい。一転、今回は躍動的な演技で新たなポアロ像を提示している。

 -原作が有名で、1974年のシドニー・ルメット監督版も見た往年の映画ファンも少なくない。プレッシャーはなかった?

 ★ケネス 僕は舞台俳優でもあるし、古典と言われる作品は今までも舞台でたくさんやってきた。小説など別のメディアの原作を生かして作ることにも慣れている。今回もルメット版に敬意を払いつつ、観客の新しい経験となる映画を作りたいと思った。小説を読んだ人はたくさんいるが、すべてを理解してはいないはず。作品にはいろんな解釈がありうるわけで、そこを深めていけば原作を知っている人にも新しい経験をさせられるはずなんです。

 -特に意識した点は?

 ★ケネス ペイン(痛み)、バイオレンス(暴力)、モラル(倫理)の三つ。これらが複雑化した現代において、この作品は改めて取り組む意味がある題材だと思った。素晴らしい旅で始まる物語だけど最後はダークな復讐(ふくしゅう)の物語となり、この3要素すべてが詰まっている。

 -原作やルメット版と違う部分が結構ある。冒頭シーンからオリジナリティーにあふれている。

 ★ケネス 原作はシリアのアレッポから始まる。今回は脚本を担当したマイケル・グリーンと話して舞台をエルサレムに移してそこから始めることにした。これは作品の重要な背景となるアームストロング家の誘拐のフラッシュバックから始まるルメット版とも異なる。エルサレムの「嘆きの壁」の前でのシーンを作ったのは、ここが悲しみをぶつける壁だから。この映画の一番の背景には悲しみがあり、エキゾチックな雰囲気の効果も含めて冒頭にふさわしい場所としてエルサレムを選んだ。

 -ポアロの人物像が伝わりやすい導入部でもあったと思います。

 ★ケネス 新しいポアロの人物像も出したかった。今回のポアロは肉体を使えてアクションもこなす探偵だということ。それと小説ではセリフで「世界一の探偵だ」と説明させるんだけど、実際に事件を解決してみせる場面から始めることで一目瞭然ですごい名探偵だと観客に思わせたかった。

 -ジョニー・デップさん演じるラチェットの殺害発覚シーンで、車内を上からのアングルで追うカメラワークも印象的でした。

 ★ケネス あのシーンで、登場人物たちは汽車の中で何か起こったらしいとは気づいているけど、まだ何が起こったのかは分かっていなくて右往左往している。観客にも同じ臨場感で見てほしかった。ヒチコックがよく使った観客を不安な気持ちにさせる手法だね。ヒチコック言うところの俯瞰(ふかん)的な「神の視点」からわざと死体を見せなかった。見せないことで観客はパラノイア(偏執病)的な心理になっていき、サスペンスが盛り上がっていく。

 -ところで、日本でもオリエント急行のような豪華列車が増えています。九州にも「ななつ星in九州」という列車が走っていて外国人観光客にも人気です。

 ★ケネス 日本の列車はすごいからね。1990年に初来日した際に、東京から京都に新幹線に乗った時は楽しかった。ホームの指定された番号に予定通りの車両がぴったり正確に止まるから驚いたよ(笑)。時間の正確さも素晴らしい。

 -日本は鉄道マニアが多いのでそういう人もこの映画を見るかもしれません。ケネスさんも結構なマニアなんでしょ。

 ★ケネス いやいや僕はトレインスポッター(鉄道オタク)じゃないよ。でも列車は人の心を揺さぶる何かがあるよね。今回もロケハンでパリ駅にスタッフで列車を見に行ったんだけど、みんな5歳の子どものように大興奮しながら資料写真を撮ったんだ。何だかこんな話をしてたら日本の列車にもまた乗りたくなってきたなあ。

 ▼ケネス・ブラナー 1960年12月10日生まれ。英国北アイルランド・ベルファスト出身。王立演劇学校(RADA)卒業後、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーに入団。「ローレンス・オリビエの再来」と騒がれ、多くの舞台に立ち、演出も手がけた。映画は「ヘンリー五世」「フランケンシュタイン」など監督、俳優兼任作のほか、「シンデレラ」など監督に専念する作品もある。


=2017/12/16付 西日本新聞朝刊=

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