
~連載「千年書房・九州の100冊」は、次世代の人々に残すべき著作を紹介しています。~
2006年1月から始まった「千年書房 九州の百冊」は、本編百冊に続いてリクエスト編3冊の配本をすべて終えました。2年3カ月間にわたるご愛読、ありがとうございました。
ひとつ 昼間する炭鉱のぼんぼよ
ふたつ 船でする船頭のぼんぼよ
みっつ 道でする乞食(こじき)のぼんぼよ
その哀調を帯びた歌は9番まで続く。中でも7番がもの悲しい。
ななつ 泣いてする別れのぼんぼよ
五木寛之は1969年、月刊誌に連載した「にっぽん漂流」の取材で、福岡県の産炭地・筑豊を訪れた。その際、この猥雑(わいざつ)な“読み人知らず”の歌を、自己流で「ぼんぼ子守唄」と名付けている。節回しは松浦地方の子守唄らしいが、炭鉱労働者に始まり、川ひらた(石炭運搬船)の船頭や乞食まで出てくるこの歌の舞台には、黒の大地・筑豊こそが似つかわしい。
五木はこのころ、初めて挑む長編小説「青春の門」の舞台を筑豊に定めていた。同県筑後地方出身の五木は、山を越えた筑豊で茶の行商をした経験があった。2006年の週刊誌のエッセーで当時をこう振り返っている。
「書きだしの文章が決まらず、七転八倒の苦しみをあじわっていた。悩みに悩んでいた私の脳裏に不意に浮かびあがってきたのは、あの香春岳(かわらだけ)の異様な印象だった」(新・風に吹かれて)
〈死ぬ日まで空を仰ぎ/一点の恥辱(はじ)なきことを、/葉あいにそよぐ風にも/わたしは心痛んだ。/星をうたう心で/生きとし生けるものをいとおしまねば/そしてわたしに与えられた道を/歩みゆかねば。//今宵(こよい)も星が風に吹きさらされる。〉「序詩」(伊吹郷訳、以下引用も同じ)
2月16日。福岡市早良区の福岡拘置所近くで、会社員、主婦、画家、詩人…15人ほどの人たちが一編の詩を朗読した。震える声は吹き下ろす寒風のせいだろうか。「今日は、本当に空が青い」と言う誰かの声で、みな一斉に天空を見上げた。
63年前のこの日も快晴だったという。清冽(せいれつ)なハングルの詩編を残した隣国の詩人・尹東柱が、27歳という若さで獄死した、その日の福岡も。
その電話が新聞社にあったのは、2月下旬、霙(みぞれ)交じりの冷たい雨が降っている夜だった。落ち着いた女性の声だった。
「毎週、日曜日の『九州の百冊』のことです。もう98冊目になりましたが、わたしの大好きな、あのシリーズは取り上げる予定でしょうか?」
「あのシリーズ? 何でしょう?」
「探偵沢崎シリーズ、ご存じですよね。作者の原尞さんは鳥栖の人だし、私、沢崎のファンだから…気になって」
「うーん、そうですね。リクエスト編で考えてみましょうか」
「ぜひ、お願いします。あっ、それから本屋さんを覗(のぞ)いてみてください。『このミス』に、ファン必見の記事がでているんです」
長谷川町子は現在の福岡市早良区西新で終戦を迎えた。彼女はこの地で生活しているときに「サザエさん」を着想している。当時暮らした家は現在は取り壊されてないが、今一帯を歩くと、モダンなマンションが立ち並ぶ中に「あ、サザエさんの家だ」と言いたくなるような古い木造住宅が何軒か残っていて驚かされる。
そんころはどこん家(いえ)も田んぼの端に墓を立てとってですね。一家に1つやなくて、1人に1つ、石塔のあった家もありました。そん墓の骨ば掘り起こしたことを覚えとります。私は働き盛りちゅうか、40歳くらいやったです。ええ、そげん疑問とかは感じらんかったですよ。島んもん、みんなが掘り起こしよったから。そん骨を全部寄せて、洗(あろ)うてね。最初は立像を作る予定じゃったが、坐像になったつですよ。いま思うと、ええことを考えたなあと思いますね。みいんなの骨ば集めて、骨仏(こつぼとけ)さんばつくるちねぇ。ほんとによか考えでしたなあ。 (吉川精作さん)