「千年書房・九州の100冊」は、これまでに十冊の本を紹介してきましたが、今回は“別冊”として装丁を特集しました。装丁の楽しみ、装丁する側の思い…。書物の衣装ともいえる装丁を知れば、本を読む楽しみも倍増するに違いありません。
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本屋へ行くと、私は永井荷風に心もちが変貌(へんぼう)する。かの玉の井にさ迷いこんだようなものだ。誰(た)そ彼時ともなると、木の小窓があき、灯(あか)りが点(とも)り、女達がねんごろに化粧し、髪を梳(す)かし、笑いかけ、流し目を送り、中にはわざと伏し目なぞをして、客の気を惹(ひ)く。行きつ戻りつ、思案しながら彷徨(ほうこう)する。
本を外見で判断するのか、と問われれば、そうだと答える。装丁の美しき本、味わいのある本は、中味まで良い出来であると断言してもよい。作家が命を削って書く、それを一番に読むのは編集者、二番目に読むのが装丁家。渡された原稿が面白く凄味(すごみ)のある時に、装丁家は燃える。負けるものかと、心が燃える。作家に勝負を挑む。それが装丁家の気概なのである。中身を外見に「かもす」のである。
醸(かも)しの見事本をご紹介しましょう。
まずは谷崎潤一郎「刺青(いれずみ)」、籾(もみ)山書店明治四十四年刊。箱は地味だが、抜き出すと目にもあでやかな橙色地に、金の線画で胡蝶(こちょう)と、よく見ると蜻蛉(かげろう)が描かれている。題字もまた橙(だいだい)色の地に、金箔(きんぱく)で「刺青」と筆文字で刻まれている。背表紙には上に一蝶、下に三蝶が舞っている。装丁は橋口五葉画伯、読む前から耽美(たんび)の世界にひき込むのである。
次は、川端康成「伊豆の踊子」、金星堂昭和二年刊。装丁は吉田謙吉。吉田は想を練るために、川端が泊まった伊豆湯が島温泉の湯本館を訪れ、川端と同じ部屋に泊まっている。箱絵は、この部屋の欄間を絵にし、本の表紙には天城山や宿近くの橋や水の流れをシュールに描き、真ん中に赤色で宿の御膳を配している。同じく裏表紙にも右下に歯の折れた赤い櫛(くし)を描いている。踊子のものであろうか。背表紙には、〓マークが小さく二つ添えられている。箱の題字のタイポは、まるで踊子が踊っているようで、非常にモダンでしゃれた造本である。
作家自らがすべての装丁を行ったものがある。夏目漱石「こゝろ」、岩波書店大正三年刊。漱石の序文に「箱、表紙、紙、見返し、扉及び奥附(おくづけ)の模様及び、題字、朱印、検印ともに、悉(ことごと)く自分で考案して自分で描いた」とある。箱の題字は「心」と漢字であり、本の扉には「こゝろ」と平仮名である。鬱金(うこん)色の箱、本の表紙は橙色。背表紙の題字と漱石の名は、墨で子持罫(けい)で囲まれている。見返しには緑色で球形の絵が多く施され、口絵には漱石先生と思われる人物がゾロリと所在無げに庭先を見ている。文も図案意匠も一人寂しき高踏派である。
装丁の良い本はオーラを放っている。何度その前を通りすぎても、なぜか気がかりで後ろ髪をひかれる。結局、後戻りして購うのである。
●「磁力」が読者ひきつけ 装丁家・毛利一枝さん(福岡市)
装丁とは何か―と聞かれれば「磁力」と答えます。書店に並んだ本の中で、ある一冊を手に取らせる。それが装丁の磁力でしょう。よく「装丁は本の顔」と言われますが、その言い方にはためらいを感じます。
著者が精神を込め、中には一生をかけて書いたものに顔を作るというのは不遜(ふそん)で、あくまでも顔は中身だと思うのです。中身が顔ならば、装丁は「お面」ですかね。本のカバーは、お面のように外せますから。
装丁で最も大事なのはタイトルです。周囲に埋没しては磁力を発しません。読者の目に飛び込んでいかねばならず、その配置や書体には気を使います。背表紙も大事です。本は平積みされている期間は短く、たいていは棚差しですから。
中野三敏さんの『本道楽』(講談社)では、中野先生が所蔵されている近世木活字本『太平御覧』から文字を拾い、少し手を加えてタイトル書体にしました。
装丁は本のイメージを表現しなければなりません。ゲラを読み、どうやってそのイメージを紡(つむ)ぎ出すかを考え込みます。だから、私の仕事場は、そぞろ歩いている街だったり、喫茶店だったりするのです。
村田喜代子さんの『お化けだぞう』(潮出版)では、本文の「水玉に移された胎児は、次々と女達の手で上へむかってヒュー、ヒューと飛ばされていく」というイメージで、私が絵をかきました。
最新作品は谷川健一さんの『古代歌謡と南島歌謡』(春風社)です。雲間からのぞく太陽で「古代」を表し、裏には宮古島の海を写真で入れました。
●本棚に並ぶ背表紙で、その人の性格が… 福岡市 主婦 前原誠子さん(53)
毎回楽しく拝見しています。女学生のころ、ある人の下宿に遊びに行きました。本箱にぎっしりと並んだ本は、私が読んだことないものばかりでした。当時、学生運動は下火になっていたのですが、その人は結構なシンパだったようです。
吉本隆明著『共同幻想論』は、今でもはっきりと覚えています。ちょっとむきになってその本を借り、少し読んでみたのですが、難しくて…。
本箱に並んだ本の背表紙は、何か、その人物の頭脳をのぞき見したような気になって、それで、尊敬したりして。その人、実は、主人です。
私は、あまり本を読まない人間です。特に難しいのは苦手。好きな作家の本以外は、家事の間に女性週刊誌を読むのがせいぜいです。東京の大学に進学した長女の部屋は、今もそのままにしています。娘の書棚を見ていると、いつの間にか成長したのだなと思います。美術史の本など、ここにも私の知らない本がたくさん並んでいるのです。
私は山登りが好きで、『カミさんと登る九州百名山』(海鳥社)をよく見ています。「九州の100冊」を九州百名山に見立てて、一冊ずつ読破しようと思っています。
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