西日本新聞

千年書房・九州の100冊

別冊・挿絵の楽しみ

 私の夢には、夜毎(よごと)、入れ替わり立ち代わり、美人が現れる。挿絵の女たちである。挿絵の力で人気が出た小説は山ほどある。挿絵に魅入られ、小説の世界に惹(ひ)きこまれた方は私だけではないだろう。画壇では下の方に置かれているようだが、冗談ではない。われわれ大衆の脳裏には、ファインアートよりも、挿絵の主人公の容姿面差(おもさ)し、仕種(しぐさ)、姿態が強く刻み込まれている。作家がシテであるならば、挿絵画家はワキであるが、ワキはワキでも静かに控えているわけではない。小説の世界観を組成し、主人公に作家が創造した以上のキャラクターと命を吹き込む。作家が何日も苦吟したものに、新聞連載なら一晩で絵を付けるのである。スピードと大〓(つか)みの想像力と、作家に遠慮しない独創性がいるのである。

 戦前では「少年倶楽部(くらぶ)」の挿絵を描いていた高畠華宵、中里介山「大菩薩峠」を描いた石井鶴三。戦前・戦後で特筆すべきは、「海千、山千、イワセン」と崇(あが)め奉られた岩田専太郎に極めさす。若き日に見惚(ほ)れた女は、イワセンの描く女たちであった。どこかハスッパで、性が悪そうで、美貌(びぼう)の陰に甘い毒を感じさせる女たちである。その流麗な筆遣いは、硬い新聞活字に色気と艶(つや)を与えていた。イワセンは自らのことを町絵師という。関東大震災後、東京では食えなくなり、竹馬の友川口松太郎を頼って大阪へ行く。松太郎の挿絵を描きながら、ついに吉川英治の「鳴門秘帖」を描く。これにより一気に人気挿絵画家となる。後に、今東光、富田常雄、松本清張、司馬遼太郎、笹沢左保、三島由紀夫と、錚々(そうそう)たる大作家たちの懇願と要望で描いている。三十数年前に、野坂昭如が「ぼくは、イワセンに間に合った」と驚喜した。それほどイワセンに描いてもらうことは、作家たちの勲章だった。時代物、現代物を問わず、とくに、鳥追いの女や芸者やクラブのホステスを描かせれば天下一品。美しく着飾ってはいるが、どこか不幸せなものを漂わせている女たちに、私は青春時代見惚れ続けていた。

 イワセンとは正反対の女に見惚れたことがある。風間完の描く女たちである。五木寛之の「青春の門」といわれれば、私は条件反射的に風間の絵が脳裏に蘇る。タエや織江の顔が蘇る。どんなに美しい女優が演じても、風間のタエと織江を超えられない。卵形の顔、利発そうな額、生え際の髪の毛一本一本の清楚(せいそ)さ、やさしくて意思の強い口元。奥二重の凛(りん)とした瞳。貧しくても、どんなに生きることが辛くても、辛抱し、一生を全うし、気丈で女らしく、しっかりと曾孫までその腕に抱き、ではぼつぼつお父さんとこへ行くよと、葬儀代まで用意している、古きよき日本の理想の女を描いている。松本清張、司馬遼太郎、池波正太郎、藤原審爾らの代表作に挿絵している。

 私はけっこう多情で、もう一人見惚れた女がいる。切り絵の大家宮田雅之の描く女達である。毒婦、妖婦、妖艶凄艶(せいえん)な女たちを描かせれば、右に出るものなし。山田風太郎ものが多かったが、山田は宮田の絵を得て、大いに得をしたと思う。谷崎に見出され、瀬戸内晴美作品で地位を確立した。ともあれ、怖いような色気のある女たちであった。あと、エロチシズムといえば梶山季之とよく組んでいた宮永岳彦、ファニーセクシーでいえば川上宗薫と組んでいた濱野彰親描くところの、女たちである。

 さて、今夜の夢にはどの女が現れるのか…。宮田雅之の場合だけ、ちょいと呻き、寝汗をかくこととなるだろうが…。

●今の女を描きたい 95歳、現役最高齢の挿絵画家・中一弥さん

 「外に出ても退屈しません。女性ばかり見ているから。昭和と平成では女性の体形が変わった。ファッションも女性にあったデザインで開放的。今の、現代の女を描けないかという気持ちが常にあります」
 一九一一年生まれの九十五歳。現役最高齢の挿絵画家・中一弥さん=写真=は、穏やかな表情の奥に熱い創作意欲をみなぎらせていた。
 九歳で父を亡くし、十五歳で京都市の看板店に住み込み修業。十六歳のときに挿し絵画家・小田富弥に入門を許され、早くも十八歳で、直木三十五の『南国太平記』の挿絵を担当して新聞連載を始めた。今日風に言えば「挿し絵界に新星誕生!」だろうか。
 戦後も山岡荘八、柴田錬三郎、海音寺潮五郎、司馬遼太郎、松本清張ら大物の仕事を続け、昭和四十年代は『鬼平犯科帳』や『仕掛人・藤枝梅安』など池波正太郎の作品を描き続けて挿絵画界の頂点に立った。
 「悲しいことに、流行画ですからねー」
 挿絵は純粋芸術の側からは低く見られてきた。いわく「看板の絵だ」。だが芸術とは違った厳しさがある。誰にでも分かることが挿し絵の必須条件であるがゆえに、万人の批判を受ける。大衆の支持がなければ注文は来ない。
 「絵が上手すぎて損をした人は多い。上手いだけではパッとしない」
 独自の味、女性の色気が描けなければ売れない。中さんの絵には「花が咲く瞬間のような」色香が漂う。中さんの母は浄瑠璃の三味線を弾き、近所の娘さんたちに教えていたが「小さいころから芸の世界を見てきたのが、どこか絵に出ていると思います」と言う。
 努力は当然である。時代考証のための江戸時代の希少本購入で画料は消え、借金が残った。「努力とは言いません、道楽です」。
 デイリーの新聞連載は体力的に無理になった。が、今も多い月で七、八枚、少ない月でも三、四枚の雑誌連載画を描く。三重県津市に長男夫婦と三人暮らし。三男は人気作家の逢坂剛さんである。

●父の雑誌を盗み読み 三角信男さん(62)=北九州市八幡西区

 電車やバスの中で本を読んでいる人に出会うと妙に気になります。この人、何を読んでいるのだろうかと。本屋さんで立ち読みしている人のことはちっとも気にならないのに、なぜでしょうか。
 学生時代、東京の山の手線の車内でのことでした。背広の紳士の肩越しに時代劇の挿絵が見えたのです。忍者が屋根裏に忍び込んでいる絵です。忍者の目に引き込まれて読みたくてたまらず、見ず知らずの人に書名を聞いたものでした。
 挿絵との出会いは小学生のころでした。父親が読んでいた雑誌をこっそり見ていました。ちょっとエッチな場面があると、その夜、なかなか寝付けなかったものです。そんなことが、私の本との出会いだったのでしょう。高校生のころは小説家になりたかった。空襲警報が鳴って、防空壕があって、その中で淡い恋が芽生える…。とかなんとか、下手な短編を書いたこともあります。今は稼業が忙しく、なかなか本を読めません。早く息子夫婦に跡を継いでもらって読書三昧の日々を迎えたいのですが。

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