西日本新聞

千年書房・九州の100冊

松下竜一「砦に拠る」

 赤茶けた土をむき出した湖底に、トンビが一羽、黒い影を描く。所々に残る石垣の残骸(ざんがい)が、ここに集落があったことを、かろうじて想起させる。
 大分、熊本県にまたがる下筌(しもうけ)ダムの湖底を歩いた。梅雨に備えて水が落とされ、湖畔に太公望の姿もない。掛け合いで鳴くカラスの声が、山峡に響くばかりだ。
 ほぼ半世紀前、ここに483世帯が暮らしていた。男は山仕事、女はこんにゃく作りなどに精を出す。山の恵みにはぐくまれる生活だった。
 「砦(とりで)に拠(よ)る」は、下筌ダムの建設反対を掲げ、国を相手に13年に及ぶ闘争を繰り広げた山林地主・室原知幸(1899-1970年)の半生を追ったノンフィクションである。作者の松下竜一は、室原のことを「ただ1人で国家と拮抗(きっこう)してついに屈することなかった老人」と記す。高台に室原の墓があった。孤独の墓標は、ダムを真っ正面からにらんで、屹立(きつりつ)していた。

 ダム建設は、死者147人を出した53年の筑後川大洪水が発端。国は57年、建設計画を打ち出す。反旗を翻したのが室原だった。長男の基樹さん(65)=大分県日田市=は「村人の生活(いのちき)を守ってやれるのは自分しかおらん、という思いだった」と振り返る。
 室原は、子どもの入学・卒業式はおろか、隣家の葬式にも出席したことがない偏屈者であった。ところが59年春、東京の大学に合格した基樹さんの入学式に出る。ダム計画にどう対処するか悩んでいた室原は、入学式にかこつけて利根川水系のダムを視察した。「おやじは自分の目で確かめたかったのです。ダムを実際に見て、移転した人々に補償や今の生活ぶりを聞いて回り、反対の意志を固めたのです」
 「公共工事は、法に叶(かな)い、理に叶い、情に叶うものでなければならない。暴には暴を、法には法を」
 室原の闘争が幕を開けた。事業認定無効の訴訟を起こす一方で、ダム建設予定地の山肌に「蜂(はち)の巣城」と名付けた堅固な砦を築き、住民と籠城(ろうじょう)した。ハイライトは1960年夏。室原らは、津江川を挟んで国を相手に、水掛けやバリケード戦法で仮橋の設置を阻止し、全国の耳目を集めた。だが4年後、蜂の巣城は強制代執行で撤去され、住民は次々と村を去る。室原は、80件近い訴訟を乱発し続け、一世帯になってもダム底にとどまった。
 「1人で13年も闘い抜き、死ぬまでダムに水をためさせなかったのは、おやじの『土性っ骨』としか言いようがない」と基樹さんは述懐する。

 松下は、大分県中津市を終(つい)の棲家(すみか)とした。大分弁でその日を何とか食いつなぐことを「いのちき(生活)する」と言う。松下は、市井の一人一人の「いのちき」を何よりも大事にした。その延長から、環境運動や反戦運動に身を投じ、重厚なノンフィクションを数多くものした。
 室原が反対闘争を繰り広げていた当時、松下は家業の豆腐屋を継ぎ、貧苦のどん底にいた。肺に持病を抱えた痩身(そうしん)にむち打ち、4人の弟を養っていた。
 「泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん」
 書きためた短歌を軸に青春の苦悩や淡い恋を描いた「豆腐屋の四季」がベストセラーに。翌年、豆腐屋を廃業し、作家宣言する。室原が亡くなった1970年夏のことであった。
 松下が室原にひかれ始めたのは、さらにその4年後だ。松下は、中津の海を守ろうと、火力発電所建設反対闘争に身を投じていた。最初は市民規模の反対運動だったが、1年で運動はしぼむ。孤立した松下は、「環境権」という思想を打ち出し、6人の同志と九州電力を相手どり建設差し止め請求を提訴し、埋め立てが進む海岸で徒手空拳の座り込みを続けていた。
 「眼前の凶暴なクレーン船の群れに憎しみの視線を刺しつつ、私はこの小柄な老人の勁(つよ)さをしきりに思い続けていた(中略)。はかない肉体を超えて聳(そび)え立つ1個の強靱(きょうじん)な意志力(中略)。勁さがほしかった」(砦に拠る)。
 巨大な九電に対して、ただ座り込むしかできない存在。だが、人々の「いのちき」の源である海を守るため、ここで退くことはできない。松下は、室原の孤高の闘争に思いをはせることで自らのくじけそうな精神を鼓舞した。裁判は松下側が敗れた。松下は、裁判所で敗訴の垂れ幕を掲げた。
 「アハハハ…敗(ま)けた敗けた」
 強大な資本や国家権力を相手にする時、弱き市民は、負けても負けても挑み続けるしか道はない。判決を笑い飛ばす文面に、松下の精いっぱいの矜恃(きょうじ)がにじむ。

 室原らが、懸命の闘争を展開したころ、経済白書は「日本はもはや戦後ではない」とうたい、安保闘争が過熱。九州では三井三池争議が燃え上がっていた。この国が、大きくうねっていた時代であろう。
 そのころ室原が考案した「室原王国旗」なる旗を見せてもらった。日の丸の正反対の、赤地に白丸。お世辞にも趣味がいいとはいえない図案だ。赤地がすっかり色あせ、薄桃色に変色していた。室原は「日の丸は、権力が民衆を包みこんじょるが、わしん旗はそん逆じゃ。民衆が権力を取り巻いちょる」と得意げに説明したという。
 廃村となったダム建設地。たった一戸残った室原の屋敷と砦跡に、この珍妙な旗が翻る光景を想像すると、何か物悲しさを覚える。この旗が、私たちに訴えるものは何だろう。松下が生きていれば、こう答えてくれそうだ。
 「負け続けても折れない心を。いのちきの王国、勁く、勁くあれ」と。
 (文=筑豊総局・鶴丸哲雄 写真=写真グループ・岡部拓也)

▼まつした・りゅういち

 1937年、大分県中津市生まれ。中津北高卒業後、家業の豆腐屋を継ぐ。69年、処女作「豆腐屋の四季」がベストセラーになり、緒形拳主演でテレビドラマ化される。70年に豆腐屋を廃業し、著述業一本に。73年、機関誌「草の根通信」を創刊し、環境や反戦運動に取り組む。82年、社会主義者大杉栄の四女の流転の半生を追った「ルイズ 父に貰いし名は」で、講談社ノンフィクション賞受賞。「砦に拠る」のほか、甲山事件の冤罪に迫った「記憶の闇」、三菱重工本社爆破犯の真実を追った「狼煙を見よ」、「暗闇の思想を」「風成の女たち」など。2001年、本紙文化面に随筆「諭吉の里」を連載。04年6月、67歳で死去。

●私の推薦文

「われらの砦は」問い掛け今も 梶原得三郎さん(68)=私学職員(大分県中津市)

 「ねえ、得さん われらの砦は なんだろう」。松下さんは、出版した「砦に拠る」に、こんな言葉を書いて私に贈ってくれました。私と彼は同い年で、三十年来の親友。環境権を掲げた発電所差し止め訴訟も、ともに闘いました。彼がこの本を書いたのは、私たちの運動が最も孤立を深めた時期。作品を読み返し、あの多忙な日々にこれほど綿密な取材をしていた行動力に驚きました。「われらの砦は」という彼の問い掛けは、時代が変遷した今も、十分な説得力を持ってわれわれに迫ってきます。
 松下さんは、超人でした。肺に重篤な持病を抱えつつ、身を削って優れた作品を書きました。反戦や反人権侵害の活動を続け、市民交流誌「草の根通信」の発行も三十年以上担いました。亡くなって二年が過ぎましたが、今でも彼が「ねえ、得さん」と、はにかんだ声で相談事を持ち掛けてきそうな気がします。彼の著作が、ずっと人々の心に残るよう願っています。

●メモ

 ■下筌ダムは1973年に完成したアーチ式コンクリートダム。ダムの高さ98メートル、長さ248メートル。貯水量は5930万立方メートルで、福岡ドーム34杯分になります。

 ■下筌ダムまでは、大分県日田市の中心部から車で約40分。ダム湖は「蜂の巣湖」と命名され、ダムのほとりに「蜂の巣公園」が整備されています。

 ■松下竜一さんは、2003年6月、福岡市内で講演後、脳内出血で倒れ、04年6月17日、亡くなりました。67歳でした。同年8月に大分県中津市であった「偲ぶ集い」には、「草の根通信」の読者など全国から800人が詰め掛けました。

 ■「砦に拠る」は、1977年、筑摩書房より出版されました。その後、講談社などから文庫本も出ましたが、いずれも絶版です。河出書房新社が98‐02年に刊行した「松下竜一その仕事」(全30巻)の第15巻に、「砦に拠る」が収録されていますが、これも現在、品切れです。松下さんの生涯を知りたいなら、福岡県築上町の新木安利さんが著した評伝「松下竜一の青春」(海鳥社、2310円)があります。

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