ある時は…、またある時は… 筆名で作風も自在に 本紙書評委員・コピーライター 矢野寛治
「千年書房・九州の100冊」は、毎回多くの反響を頂きながら30回を重ねました。今回の別冊は「複数の名前を持つ作家」を特集しました。ペンネームの違いで作風から文体まで変えてしまう異能者たちの世界を楽しんでください。
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人間には変身願望がある。生まれ落ちて、親は選べず、名も選べず、もちろん自らの容貌(ようぼう)も選べず、これを宿命というのか。となれば、片岡千恵蔵の多羅尾伴内(たらお・ばんない)のごとくに、七つの顔を持つか、コスプレで楽しむか、名前を変えるかしかない。草莽(そうもう)の民は一生を親からもらった名で身過ぎ世過ぎするのだが、せめて句会などで雅号を用い、シャバの自分と別人格になることはできる。脳は何も考えていない。白いキャンバスである。名が決まると、その名に合わせて脳細胞は活動を始めるのである。本日は、筆名によってその作風を変貌(へんぼう)させた作家たちを、ご紹介申し上げたい。
昭和44年、私は三流私大の3年で、大学には行かず、朝から深夜まで、吉祥寺の雀荘(じゃんそう)に盤居(ばんきょ)していた。この年、週刊大衆に、阿佐田哲也(あさだ・てつや)なる男が「麻雀放浪記」の連載を始めた。「朝だ、徹夜だ」が筆名の由来である。友人と、彼のアパートで連日連夜、阿佐田のストーリーをバイブルとし、積み込みの稽古(けいこ)に血道をあげた。元禄積み、千鳥、バクダン、13面返し、裏ドラの入れ替え、置き賽(さい)。組みマージャンのための、透しサイン、二の二の天和(テンホウ)、技を磨き、2人で他人のフリをし新宿の雀荘に繰り出していた。
阿佐田哲也には、もう1つの名があった。色川武大(いろかわ・たけひろ)(本名)である。「離婚」で直木賞を取る。「狂人日記」もよかったが、私は阿佐田名での賭博小説こそが彼の本領と、評価してやまない。
最近、福岡県築上郡出身の大俳優・大河内傳次郎(おおこうち・でんじろう)に凝っている。黒澤監督の「わが青春に悔いなし」の現代劇も良いが、やはり彼は「シェーハ タンゲ、ナハ シャゼン」に極まる。この隻腕隻眼のヒーロー「丹下左膳(たんげ・さぜん)」を創り出した男を、林不忘(はやし・ふぼう)という。本名を長谷川海太郎(はせがわ・かいたろう)、他に2つの筆名を持っている。谷譲次(たに・じょうじ)の名ではアメリカを舞台にした「じゃっぷ」の活躍物を、牧逸馬(まき・いつま)の名では女性好みの家庭小説を書いている。1人で三人三様、文体まで別人なのである。家には専属のコックまでを置き、奥さまが健康管理をされたが、35歳の若さで逝(い)った。夭折(ようせつ)が惜しい。
子供のころ、貸し本屋に行くと棚に最も多かったのは、源氏鶏太(げんじ・けいた)と山手樹一郎(やまて・きいちろう)だった。山手は本名を井口長次(いぐち・ちょうじ)といい、井口長二の筆名で時代物を書いていた。清水三十六(しみず・さとむ)後の、山本周五郎(やまもと・しゅうごろう)と昵懇(じっこん)で、清水がまだ寄稿家時代に山手樹一郎の名を貸している。清水が山本名で世に出た後、自らがこの筆名を使い、「桃太郎侍」ほかで大衆の支持を得た。ちなみに、山本周五郎の筆名は、奉公先の質屋の主人の名前である。ご恩を忘れぬために名を頂戴(ちょうだい)したと聞いている。小説のごとくに律儀(りちぎ)な人である。
最後に、ちょいと珍しい筆名をご紹介し、筆収めとしたい。まず「魔都」を書いた久生十蘭(ひさお・じゅうらん)は、ひもじい思いをしていたのか、「喰(く)ウトラン」を当て字して筆名と成し、大分県中津市がルーツの演劇作家岩田豊雄(いわた・とよお)は、文豪(五)の上を行くとばかりに、獅子文六(しし・ぶんろく)を名のった。極めつけはエドガー・アラン・ポーから名をもじった江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ)。そしてつとに有名な二葉亭四迷(ふたばてい・しめい)、父親から「てめなんか、くたばっちめえ」と叱責(しっせき)されたそのままを、筆名とした。
名前を別に持つと、その名にあった自分が生まれ出てくる。表の自分、裏の自分、まったく予期せぬ別の自分、日々が怠惰無聊(ぶりょう)でしたら、新規まき直しにぜひ、通り名なんぞをお作りなさって、ご気分をご一新ください。
●名前が増えると人格も増える感じ
「辛酸なめ子」こと池松江美さん
軽妙なコラムや独特な画風の漫画、イラストで最近、さまざまメディアに引っ張りだこの辛酸(しんさん)なめ子さん(31)。彼女も複数ペンネームを使い分けている。コラム、漫画、イラストの執筆時はこの風変わりなペンネームだが、アート作品や小説を発表するときは本名の「池松江美(いけまつ・えみ)」名義だ。
「辛酸なめ子では、さすがにふまじめな感じが強すぎますから。このペンネームに作品世界が引っ張られないように、芸術性の強い創作では本名を使っています」。辛酸さんはそう説明する。ん? 「辛酸さん」っていいにくいぞ。
「ですよね。高校生のときに付けたんですが、若気のいたりでした」。辛酸さん、いや、ここからはなめ子さんと表記しよう。
なめ子さんによると、「辛酸なめ子」は高校2年生のときに、有志で発行していた新聞に書くときに使ったのが始まりだった。「高校2年C組だったから、頭文字を取って『小西新聞』と名付けていました。校内のゴシップをでっち上げたり、アート系の作品を紙上で発表していました」
当時、自分自身のことを薄幸そうなイメージでとらえていて、ペンネームも後ろ向きな名前にしようと考えたという。「『辛酸をなめる』という言葉の響きも気に入って、採用してしまったんです」
まだ、このときは、同級生を対象とした狭い読者が対象。1994年にフリーペーパー主催の漫画大賞を「辛酸なめ子」として受賞後、少しずつ、このペンネームでの仕事が舞い込むようになる。「過激な内容のコラムが多かったので、親に迷惑をかけないようにペンネームを使っていたのですが、こっちの名前の方が有名になってしまって…」
だが、ご本人、あまり本気で後悔しているようには思えない。最近も、ポエトリーリーディング(詩の朗読会)で詩を発表した際には、フランス映画「アメリ」をもじって「ナメリ」の名義を使用。結局、お蔵入りになったが、若者に人気のミュージシャン、カヒミカリィさん風にフランス語で歌った音楽ビデオを出す企画が持ち上がったときには「ヒガミカリィ」の名を使用する予定だった。
「名前が増えると人格も増えるような感じがします。多重な人格の私を統括しているのが本名なのかもしれません」。そう言うときの「池松江美」さんは、辛酸なめ子の名で書く過激なコラムのイメージはなく、おしとやかな表情だった。ちなみに、彼女のお父上は福岡市出身。親類も九州に多く、池松姓のルーツは九州にある。
(東京報道部・内門博)
●宇能鴻一郎も、「嵯峨島昭」の名で 藤村興晴さん(32)=福岡市中央区
いわゆる官能小説の世界で一世を風靡(ふうび)した宇能鴻一郎も、嵯峨島昭なる別名を持つ作家です。筆名の由来は文字通り覆面作家の正体を「探しましょう」というから人を食っています。
宇能は札幌の生まれですが、福岡の名門修猷館を卒業、その後東大文学部の大学院に進み、在学中の1961年に『鯨神』で第46回芥川賞を受賞しています。『鯨神』は、後に告白体と呼ばれる独自の文体を確立した宇能からは思いも寄らぬ骨太な筆致の純文学で、肥前平戸島和田浦に現れた巨大な鯨に立ち向かう鯨組の若者の格闘と土俗的な村の恩讐(おんしゅう)を描いた名作です。
その宇能が、嵯峨島昭名義で数本の推理小説をものしていると知ったのは、この秋地元に縁のある宇能作品の朗読会を開催することになり、その経歴を調べていたときのことでした。ただ残念なことに、宇能作品は何と一作を除きすべて絶版もしくは在庫切れ。慌てて古書店に注文しましたが、いつかリバイバルの時期が来てほしいものです。
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