西日本新聞

千年書房・九州の100冊

別冊・作家の遺伝子

蟇蛙(ガマガエル)の子はヒキガエル 本紙書評委員・コピーライター 矢野寛治

 千年書房「九州の100冊」は、好評のうちに40回を重ねました。今回の別冊は「親子で物を書いた人々」の特集です。"親の七光"と言いますが、作家の世界は甘くない。親の影を引きずり、乗り越え…。さまざまな親子作家を紹介します。

     ◇

 親というものは、自分の来た道を志す子を、可愛(かわい)いと思うのだろうか。ノウハウを伝えられる道ならばいいが、文学はそうはいかない。血は水よりも濃いが、血の哀(かな)しみもある。

 私は高校時代から、吉行淳之介にあこがれていた。インテリヤクザ風のととのった風貌(ふうぼう)、張った形の良い額、涼やかな目元、細く高い鼻梁(びりょう)、そげた頬(ほほ)、美しく怜悧(れいり)なナイフを思わせた。
 「原色の街」「驟雨(しゅうう)」「娼婦の部屋」、いつも密(ひそ)かに息を殺して読み続けた。特に「砂の上の植物群」を読んでからは、成績は急転直下。ベルイマン監督の「沈黙」を見たのも同じ頃(ころ)であっただろうか。神聖視していた女性というものに、男以上の生臭さを感じ滅入(めい)った。どちらも姉妹の性的な確執である。
 吉行の父は、吉行エイスケといい、ダダイズム、アナーキズムの作家である。岡山の土建業吉行組の坊(ぼっ)ちゃんで、16歳で高校を中退、17歳であぐりさんと結婚、18歳で淳之介をもうけている。流行作家となるが、27歳で筆を折り、株屋に転向、34歳で亡くなっている。
 作品としては「新種族ノラ」「地図に出てくる男女」など。吉行は若き日、父の小説をほとんど読んでいない。新興芸術派という、形容デフォルメの強い筆致で、「文章が私の生理に合わず、ついていけないのである」と述懐している。
 めったに家には帰ってこず、たまに帰って来ては怒鳴り散らし、また出ていくという、遊びに遊んだ父である。吉行には、父エイスケが重くのしかかっており、「砂の上の植物群」で、やっと父をふっきれたとエッセイに書いている。父とは正反対の無駄のない、クリスタルグラスのような文体である。私自身は、何度も写しマネをしたが非才でムリだった。代わりに肺結核だけはしっかりマネをした。療養で一層、学業がおろそかになった。吉行には大層迷惑を蒙(こおむ)っている。仕方が無い、惚(ほ)れた弱みだ。

 作家の家は、親子、夫婦、愛人、兄弟、姉妹、その関係のどこかがいびつで欠けている。もちろん、すべてではないが、欠けているからこそ、心の懊悩(おうのう)や葛藤(かっとう)や、人の人生が書けるのである。「欠ける=書ける」はリンクしているのである。
 太宰治(津島修治)には、本妻美知子との間に津島佑子があり、愛人太田静子との間には太田治子がある。「生まれて、すみません」といった、太宰が生ませた子たちである。津島は太宰の二女、数々の文学賞を受賞。「火の山-山猿記」は、最近のNHK連続テレビ小説「純情きらり」の原案、母美知子の実家石原家を描いたものである。太田の母静子は、「斜陽」のモデルである。治子は「心映えの記」で直木賞候補となる。「手記」では、太宰亡き後の母静子と自らの、辛(つら)き日々を隠さず余さず著している。共に昭和22年生まれの、異母姉妹である。
 もっと凄(すご)い父子がいる。そのすさまじさは尋常ではない。佐藤紅緑、「ああ玉杯に花うけて」を筆頭に少年小説で一時代を成した。最初の妻の長男が、「リンゴの唄」や「おかあさん」の詩で有名なサトウハチロー。後妻の二女が、「戦いすんで日が暮れて」の直木賞作家佐藤愛子。紅緑には他に愛人もいた。非常に複雑な家庭環境であり、最初の妻の子たちはハチローを筆頭にすべてグレている。詳しいことは佐藤愛子の「血脈」をぜひご一読あれ。土性骨の入った一族である。すべては、紅緑の罪に起因する。少年たちに立志忠孝の道を説く小説を書きながら、我が子たちには正しい愛情を注げなかった。表大きく、裏も大きく、その落差がハチローと愛子という作家を育(はぐく)んだのであろうか。グレて、荒れて、叫んで、暴れて、身を持ち崩して、生き代わり死に代わりして、文学が絆(きづな)とは、哀しい異母兄妹である。

 親子作家、他は列記とさせて頂く。森鴎外(父)、後妻の長女森茉莉、同二女小堀杏奴。幸田露伴(父)、幸田文(娘)。萩原朔太郎(父)、萩原葉子(娘)。斎藤茂吉(父)、北杜夫(息子)。吉本隆明(父)、よしもとばなな(娘)。江國滋(父)、江國香織(娘)。まだまだ多くいらっしゃるが、紙数が尽きた。みな命を削る大変な仕事をしている。父親の生き方がもたらした才能か、それともDNAか。偉大な父たちの、裸の姿を目の当たりにしたことが、同じ道、同じ業に進ませているのであろうか…。

●父には生活スタイル学んだ よしもとばななさん

 よしもとばななさんのエッセー集「バナタイム」(幻冬舎文庫)に「遺伝かも」と題した文章がある。
 「原稿を書くために1日ずっと家にいると、夕方なんとなく落ち着かなくなる。目も疲れているし、ずっと外に出ていないなんてなんとなくいやな感じがする。(中略)自然と足は夕飯の買い物のために商店街に向かう」
 子どものころ、父親が同じように散歩がてら夕食の買い物に出掛けていたことを回想するのだ。
 「その気持ち、今ならすごーくよく分かる」
 父親とはもちろん、批評家・詩人の吉本隆明さんである。彼女は技術的なことより、こうした気分転換の取り方など「作家としての生活スタイルを学んだ」と強調する。「どういう風に自分を律していくか、という部分で影響を受けていると思うんです」
 作家には決められた時間割というのがない。自分で1日を組み立てなくてはならない。自分を追い込んで書くような面もある。一方で追い込みすぎると体を壊す。「その調整が意外と難しい。こういうときに気を抜いて、こういうときに集中する、というのを父から自然と学んだのは大きい」
 1987年に「キッチン」でデビューして間もないころに、そのことを痛感したという。うまく緩急を付ける術が分からずに、自滅してしまう新人作家が多いことに気づいた。「急に執筆しなさいと言われても、どこまで何をしたらいいのか、分からないですよね。私は父を見ていたから、その辺で迷わなかった」
 母親も俳人、姉も漫画家の、もの書き一家である。「英才教育みたいなものは全然受けていない。同じもの書きといっても、父とは、大工と設計士のように職種が違うんだよな、と思っています」
 影響を受けたのは、生々しい生活上のことだった。「ローンは組めるのか、払えるのか。1年間に何冊ぐらい本を出すと生活していけるのか、とか(笑)。知らないとものすごく不安だったはず」
 吉本家のルーツは熊本県・天草の船大工。吉本家の血筋を感じるのは海辺にいるときという。「ソテツをみると妙にしっくりするし、船をみるとドキドキする。漁師さんをみても、ほっとするようなザワザワした気持ちになる」
 いつか天草を描いた小説を読んでみたい気がする。
 (東京報道部・内門博)

●原風景にある「大きな書棚」 徳永圭子さん=書店員 福岡市南区

 雑誌文藝春秋10月号増刊『悠々として急げ』の中で、作家が父母の1冊を選んでその思いを語るという特集がありました。
 福永武彦を父に持つ池澤夏樹さんは「なまじ似ているだけに突き放せない」と語っており、そこには尊敬や思慕の念とともに、遺された文章と戦う姿が垣間見えます。作家を親に持つ文章家には共通する思いのようです。
 親族であることを公表したがらない方もいらっしゃいますが、作家の原風景の中にある「大きな書棚」を想像しながら作品を読むということも、私の読書の楽しみ方のひとつです。

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