わき上がる男の高ぶり熱く
〈ぶつかった。太刀を振りあげて叫び声をあげている騎馬武者を、懐良(かねよし)は横ざまに薙(な)ぎ倒した。躰(からだ)の中に、荒々しい咆哮(ほうこう)をあげているけものがいる。太刀を合わせるたびに、それは大きくなっていくようだった〉
朝廷が分裂した南北朝時代、北朝の足利尊氏に対抗し、南朝の後醍醐天皇の皇子牧宮(まきのみや)懐良は征西将軍宮として九州に派遣され、五条頼元、忽那(くつな)義範、菊池武光らとともに、統一を目指して九州各地で戦いを重ねた。
ハードボイルド作家としてデビューした北方謙三が、初めて手掛けた歴史小説。だが史実をなぞるだけでない。時代に息づく男たちのたぎる思い、壮大な夢、わき上がる高ぶりをわれわれの心に焼き付ける熱いメッセージが込められている。
九州を舞台に懐良は駆け巡る。桜島の火山灰が降る薩摩や大隅、菊池武光という力強い味方を得た肥後、総勢約10万の兵が激突した筑後、そして、朝鮮半島の高麗へ渡る拠点を置いた肥前。北朝軍勢との戦いは激しくなり、ページをめくるたびに緊張感が加速する。その一役を買っているのが、北方が紡ぎ出すスピード感ある描写だ。
〈右へ、懐良は回った。相手のひとりが、肩で息をした。誘い。乗った。肩が下がった刹那(せつな)、踏みこんで斬りつける。残りのひとりが、同時に動いた。斬りつけた太刀を、そのまま反転させた。ひとりの胴を薙いだ。風。背後からだ。阿久里の気合が重なった。背中に痛みがあったが、深く食いこんできた感じではない〉
40代で「三国志」、50代で「水滸伝」を執筆した北方。歴史小説を通して伝えたいのは男の生きざま、死にざまだ。相次ぐ戦いで流れる血、高まる殺気、熱気。だが、懐良が見せるのは単純な覇気だけでない。その言動には敵方への優しさも表れる。
懐良は博多から海沿いに西進中、松原が広がる周辺で松浦党の佐志(さし)氏の攻撃に遭う。筑後川の戦いで戦死した首領佐志披(ひらく)の一派だ。力の差は圧倒的。敗北後、披の息子祝(いわう)は首をはねてほしいと嘆願する。
だが懐良は拒絶。〈おまえとの戦は終わった。そう言っているだけだ。いつまでもこだわって、領民を戦に駆り出し、苦しめるものではない〉〈死ぬことで、矜持(きょうじ)を守れると思うな。佐志祝。なにによって矜持を守れるかわからぬなら、わかるまで生きよ〉
豪快なオーラを発する一方で、相手を包みこむような優しさを見せる懐良。その姿は懐良を描く北方本人の姿と重なる。
北方は1986年から約5年間、若者向け雑誌「ホットドッグ・プレス」(講談社)で悩み相談のコーナーを持った。人間関係、性や進路などの悩みを持ちかける若者に対し、北方の返答たるや、ハードボイルド作家らしく攻撃的かつ過激だ。
周囲の人間が無気力だと嘆く相談者に「独りで泣け」と一撃。だが、「(しばらく泣いた後は)他人がやらないことが問題なんだということではなく、自分がやれるかやれないかが問題なんだというところに、君は行き着かなくてはいけない」と続く。強さの中に、相対した人間への優しさが漂っていた。
懐良は海を愛し、大陸を見詰めた。自らたびたび高麗に足を運び、元(げん)、さらに遠くに広がる世界の情報を集め、九州の未来に思案を巡らせた。高麗には息子の月王丸を派遣し、後に倭寇(わこう)となる水軍の長、忽那義範のもとで見聞を広めさせた。
北方が生まれ、幼少期を過ごしたのは佐賀県唐津市の海岸沿い。唐津湾の向こうに横たわる玄界灘の果てには大陸がある。海岸に立つ。潮風が心地いい。快晴のときは青々とした空と海が無限に続くかのような広がりを見せる景色。だが嵐になると一転、不気味な灰色の波が容赦なく打ちつける場所だ。
北方の生家には現在、遠い親類の浦元弘さん(71)が住む。北方家が関東に移った後、謙三の祖母と二人暮らしを始め、今は素潜り漁を続けながら妻と子どもと三人暮らしだ。
日焼けした肌に、がっちりした体格。鋭い眼光。海の男だ。北方本人を連想させる。だが、愛嬌(あいきょう)のある温かい目つきで笑顔も見せる。厳しくも優しい玄界灘に育てられた男の姿か。「謙三君は唐津の海岸でよく遊んでいた。今は新刊が出るたびに贈ってくれる。古びれた港町が登場すると、古里を思いだして書いているのかなとうれしくなるよ」
外国を回る船乗りだった北方の父親は1年に数回しか帰国しなかったという。ここから、父のいるはるかな海洋を想像したのだろうか。懐良も最期の時まで海を思った。
〈風の音。そして波。躰が揺れているのか。海が見えた。どこまでも、果てることのない海だった。夢と海は似ている。そう思った。陽の光が海面に射して、鮮やかな照り返しが交錯している。眠ろうとしている自分を、懐良は感じた。光。風。夢。海。遠くなった〉。海とともに、男たちの熱は高まり、燃焼した。
(文=唐津支局・小川俊一 写真=写真部・納富 猛)
▼きたかた・けんぞう
1947年、佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。在学中に純文学に取り組み、81年にハードボイルド小説一作目の「弔鐘はるかなり」を発表。「眠りなき夜」で吉川英治文学新人賞(83年)を受賞後、「渇きの街」で日本推理作家協会賞長編部門(85年)、「破軍の星」で柴田錬三郎賞(91年)など、多くの受賞歴を持つ。執筆のスピードが群を抜いて速いことで有名。88年には南北朝を舞台にした歴史小説「武王の門」を発表して新境地へ挑戦。全13巻の長編小説「三国志」を完成後、「楊家将」で吉川英治文学賞(2004年)を受賞し、解説本と合わせて全20巻に渡る「水滸伝」は06年に司馬遼太郎賞に輝いた。直木賞選考委員を務める。
●私の推薦文
躍動する理想のスター 松浦 稔さん(64)=呼子海運代表取締役(佐賀県唐津市)
さまざまな歴史小説を読むのですが、北方謙三さんの著書には、のめり込んで最後まで一気に読破できる魅力を感じます。それはほかの作家が焦点を当てない人物を取り上げ、スターとして仕立て上げる手法、そして、そのスターが醸し出す男くささが、石原裕次郎世代の私にはたまらないのです。
さらに、どの本にも「唐津市出身」と堂々と記してあり、同じ郷土勢としてうれしい次第。私自身は名字の通り、本編に登場する武士団の集合体「松浦党」の子孫であると伝え聞いています。九州統一を目指した牧宮懐良たちが、先祖とかかわり、刃を交えたと想像するとぞくぞくします。
物語に登場する男たちは、躍動感たっぷりに生き、戦い、それぞれの道を突き進みます。無駄な表現を排除した北方さんの描写はまるで劇画のよう。その中で活躍する懐良は特に、力強さのみならず人間味にあふれ、包容力もあります。これこそ、私たち現代人が理想とするスター、男の姿ではないでしょうか。
●メモ
■1995年に発表された続編の「陽炎の旗」(新潮社)は、足利尊氏が開いた室町幕府3代将軍義満の時代が舞台。懐良の息子月王丸、孫竜王丸が登場し、征西将軍府に九州を追われた足利直冬の息子頼冬と出会います。尊氏の孫という設定で描かれた頼冬は、政敵として義満に命を狙われることに。それぞれの運命を背負って行動をともにする3人が、新たな物語を展開します。
■北方謙三さん出身の地である佐賀県唐津市。幼いころに引っ越したせいか、地元では本人に関連した施設などは少ないです。ですが今年、松浦稔さんの熱狂的なリクエストもあって、ようやく地元の図書館に郷土作家コーナーが設置されました。今、ひそかに人気を集めています。
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