西日本新聞

千年書房・九州の100冊

別冊・作家の散歩道

同じ道歩き、憑依同化していく コピーライター 矢野寛治

 「千年書房・九州の100冊」は80回の配本を終えて、いよいよ終盤に入ります。過去の掲載分をスクラップしているという読者から「水に関係する本が多いですね。海に囲まれた九州の風土を再確認しました」という声が届きました。100冊の配本を終えたとき、どんな九州像が浮かび上がるのか。楽しみですね。さて、今回の別冊は作家の散歩道。作家にとって、散歩も単なる息抜きではないようです。

    ◇

 前方から、武者小路が歩いてきた。別人か、いや間違いない、武者小路実篤である。
 昭和四十二年の春、私は大学に入るべく上京した。下宿は三鷹市井の頭四丁目。門を出て、左に二十メートルも歩けば、三鷹市牟礼という町名に変わる。

  下宿のおばさまは明治生まれ、女子師範を出て、高等女学校の教師をしていたというから、それはそれは凛(りん)として、下宿のおばさんとはとても形容しがたい。下宿初日のご挨拶での質問が、「矢野さんは、どんな方の御本をお読みに…」だった。高校時代は、井伏鱒二にぞっこん傾倒していたので、即座に「井伏です」と偉そうに答えた。すると、「武者小路は…」と問うので、「『友情』を少々」と答えた。
 「武者小路先生は、井の頭公園寄りの牟礼に住んでましたよ。調布に引っ越されてもう大分になりますが、その頃は、よく公園を散歩されてました」と、教えてくれた。
 春四月、井の頭は満開の桜と聞き、公園に散歩に出た。下宿のお向かいの家から、ヴァイオリンの音色が流れてくる。表札を見ると、江藤俊哉とある。あの有名なヴァイオリニストの方かと、二、三度表札を振り返った。井の頭の南側から、公園に入る。吉祥寺側と違って、木立は太く、武蔵野の面影がある。木立の向こうに池と弁天橋、紅雲のごとき桜が覗(のぞ)く。しばらく歩いていると、冒頭の三行である。
 着物に、マフラーを襟にそってふっくらと巻き、懐に折り込んでいる。ハットを被り、ツバは前に倒さず、上に少し上げている。上質のステッキをつき、近づいてくる。胸が高鳴る。教科書で見た人である。もう八十歳くらいか、すれ違う瞬間、思わず踵(かかと)をそろえてお辞儀をしてしまった。先生も一瞬立ち止まり、笑みを返してくれた。以来、毎日のようにこの道を散歩した。

 大学三年の時、高校の先輩である松下竜一が「豆腐屋の四季」で日本中にブレークした。緒形拳主演のテレビドラマを食い入るように見た。ふるさと中津(大分県)が、風間完のイラストでタイトルバックになっていた。冬休み、帰心矢の如し、日豊線中津駅に着くなり家に寄らず、先(ま)ずまっすぐに北門界隈(かいわい)から、三角州小祝に渡る北門橋を目指した。橋の上で、山国川の河口から周防灘までに目をやり、先輩の散歩道を反芻(はんすう)した。この風景が、彼の純粋な文章を作り出すことを確信した。
 春に、吉祥寺南町、前進座のすぐそばに引っ越した。駅北口から成蹊大の方に歩いていると、着流し姿にマフラーを巻き、小ぶりの布袋を持つおじいさんと遭遇した。どこかで見たことのある爺様だ。すれ違った瞬間に思い出した。金子光晴である。しばらく後姿を見つめた。春風のごとく、フワフワと歩いていく。この界隈が散歩道か…。以来、興味を持って彼の詩や著作を購い、精読した。いつも夕方待ち構えていると、よく出会えた。踵をそろえてご挨拶こそしなかったが、貪欲(どんよく)な生き方にほれて、胸のうちで最敬礼をしていた。

 作家の散歩道をなぞるだけで、同じ道を同じように歩くだけで、憑依(ひょうい)同化していく自分が居た。同じ景色を見て、同じ風に当たり、同じ空気を吸っている。その空間に身をおくだけで、作家たちの「気」さえ、頂いている心地がした。
 今は家内と二人、月に一度、小戸渡船場(福岡市西区)から船に乗り、能古島に渡る。港から左回りに歩き、遊歩道を目指す。ゆるやかな勾配(こうばい)を、さまざまな鳥達の鳴き声を聴きながら散策している。時々、林間に開ける糸島側を見ながら、あれが小田の浜かとリツ子を思い、檀一雄の見つめた風景に身を委ねている。

●散歩から生み出された作品たち

 オフィスビルや高層マンションが建つ瀟洒(しょうしゃ)な福岡市・百道浜地区。その一角に「サザエさん発案の地」の記念碑がある。
 長谷川町子が夕刊フクニチに「サザエさん」の連載を始めたのは一九四六年。当時、長谷川は百道に暮らしており、妹と一緒によく散歩した百道浜でサザエさんの構想を得たことを後日、明かしている。〈私の家のすぐ裏は松原で、さくさくと砂をふんでゆくと、青い海が展(ひら)けています(中略)案を練るため、私はよくその浜に寝ころびにゆきました〉(「長谷川町子思い出記念館」より)
 夢野久作にも海辺で創作のヒントを得た作品がある。息子の杉山龍丸が「九州文学」に発表した「西の幻想作家」(一九七八年)には、久作に連れられ、博多湾、志賀島の浜辺をよく歩き回った思い出がつづられている。香椎浜を散歩中、〈ゆるい波にゆれながら流れて来る瓶を見つけて、父は服を脱いで海に飛び込み、抜手を切ってその瓶に泳ぎ着き(中略)中を調べていました〉。その体験から、名作「瓶詰地獄」が生まれたという。
 海辺を離れて、福岡市街地で作家の散歩道を探せば、多くの作家に親しまれた那珂川のほとりがある。詩人の原田種夫、作家の火野葦平らがこの辺りを散策し、一九三四年にオープンした岸辺のカフェ「ブラジレイロ」で文学議論に熱中したのは有名な話である。詩人、那珂太郎にとっても、そのペンネーム通り那珂川は特別な存在であったようだ。「わがふるさと」というエッセーにある。
 〈上手にはブラジレイロの白い建物があり、下手に福助足袋の電飾塔が聳(そび)え、そして西の対岸には水上公園の木の間がくれに音楽堂が望まれる〉〈流れは水底の砂まで透けて、鮎(あゆ)や鮠(はや)やぼらなどのすばやく泳ぐ影が、橋の上からもはっきり見える〉
 しかし、これは戦前の光景である。戦後約二十年後に那珂が発表した代表作、長編詩「はかた」は、福岡大空襲で奪われた故郷・はかたを、時空を超えてさまよう“心の散歩”から生まれた詩といえるのかもしれない。
 =敬称略
 (文化部・岩田直仁)

●視点を変え、楽しみ方を無限に広げる

ブックオカ実行委員 末崎光裕さん(36)=福岡市中央区

 路上観察学会は、画家であり作家の赤瀬川原平さん率いる、歩きながら「街のディテールに潜むさまざまな物を観察し、記録する」おかしな集団です。その裏に「事件」の存在を感じさせる「物」がお目当てで、それは入り口のない屋外の階段や、絶対そこにないはずの物が道端にふと落ちていたことだったりします。一見すると無用の長物だけども、それをどう見て何を想像するか、視点を変え、楽しみ方を無限に広げる、それが路上観察学会のモットーです。
 ここでちょっとPR。10月1日から福岡の本のお祭り「ブックオカ」が始まります。サブテーマは「街へ出よう、街で見つけよう」。何げない物を楽しみに変える“散歩の達人”となって、新たな街の表情や人、そしてお気に入りの1冊を見つけてください。

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