西日本新聞

千年書房・九州の100冊

谷川雁「原点が存在する」 

「瞬間の王」は死んだのか

 クマのようにいかつい男が、彼について話すときは優しい目になった。
 「雁さんに会わなかったら、日本と日本語にこんなにかかわることはなかった」
 作家、C・W・ニコルさん(67)は1970年に谷川雁と初めて会った。谷川は当時、語学教育会社の役員。ニコルさんは職を求めてその会社を訪ねた。そこに「背が高く、ダンディーな、頭がきれそうな、でも威張ってる男」がいた。「何だ、こいつ」と思ったのが第一印象だったが、その後、意気投合する。2人は宮沢賢治の童話の翻訳などに取り組み始めた。
 「1つの単語をあれにしようか、これにしようかと議論し、それだけで1日が終わる日もあった。それくらい言葉へのこだわりがすごかった」。ニコルさんは、そうした共同作業を通じて谷川から日本語を吸収し、現在の作家としての礎を築く。「僕の人生に1番影響を与えた人。でも講演会で詩人の谷川さん、と話すと、多くの人が、ああ俊太郎さんって言う。寂しいです」

 谷川は60年前後ごろには、言論界のスターだったが、最近ではあまり読まれなくなった。「戦後思想の名著50」(平凡社)で「原点が存在する」を取り上げた明治大学の丸川哲史准教授(東アジア文化論)は「50年代の日本共産党の消長やサークル運動の状況が分からない世代には理解しにくい内容ですからね」と説明する。
 「原点―」収録の文章は54―58年に書かれた。その間の55年、日本共産党は50年代前半の方針を大転換する第6回全国協議会(六全協)を開き、それまでの戦闘的な闘争を批判し、民族主義的偏向を修正した。戦後初期、共産党主導下で展開されていたサークル運動にも動揺が走った。58年に福岡県中間市を拠点に発足した「サークル村」の創刊宣言として書かれた収録文「さらに深く集団の意味を」は、そうした状況下で「サークル」の意義を再定義しようとした文章だと知っていないとピンと来ない部分もある。
 さらに、東京五輪があった64年以降、日本社会は高度経済成長に入る。世の中が上へ上へと向かう時代。谷川のこんな言葉はだんだん人々の関心から離れていく。
 〈「段々降りてゆく」よりほかないのだ。飛躍は主観的には生まれない。下部へ、下部へ、根へ根へ、花咲かぬ処(ところ)へ、暗黒のみちるところへ、そこに万有の母がある。存在の原点がある〉(表題作より)
 彼は西日本新聞に連載した随筆で、故郷水俣の海を背景にした華麗な夕焼けが自分の〈原郷〉であり、そこから数キロ離れたところで、〈このまぼろしと寸分たがわぬ風景を発見して立ちすくみます(中略)この1件あって以来、私はすこし図図しくなり、共同体などと口走るようになったのです〉と告白している。〈原点〉は抽象的イメージだが、立脚するのはおのおのの故郷だということだろう。谷川には〈あさはこわれやすいがらすだから 東京へゆくな ふるさとを創れ〉(詩集「大地の商人」)という有名な詩の一節もある。だが、大型スーパーが立ち並び、便利ではあるがどこも似た風景が〈原郷〉となりつつある現代人は今、彼の著作をどう読めばいいのか。

 谷川自身がそうした時代変化に最も敏感な人だったのだろう。60年、彼は『定本谷川雁詩集』(国文社)の「あとがき」に、〈私のなかにあった『瞬間の王』は死んだ〉と書く。彼の詩人としての自己完結の宣言として世間に受けとられた。その後長く谷川の名はジャーナリズムの世界では見かけなくなる。だが、彼は詩人であり、〈大衆に向かっては断乎(だんこ)たる知識人であり、知識人に対しては鋭い大衆である〉(「工作者宣言」)と定義した工作者であることをあきらめたわけではなかったのではないか。沈黙後も、彼は「ものがたり文化の会」を組織、宮沢賢治の童話を「人体交響劇」として劇化する活動を始める。84年には「海としての信濃」という〈詩集〉も出す。冒頭に〈詩ではなく詩のように〉という彼らしいレトリックの一文が添えてあるが、どうみても詩だ。兄の民俗学者、谷川健一さん(86)は「本人が詩ではないと言う以上、詩ではないんだよ」と笑う。さらにこう補足してくれた。
 「50年代の雁の詩はHOT(熱)だった。晩年はWARM(温)だったと思う。HOTとCOLD(冷)な言語表現だけが詩だとすれば、やはり詩ではなかった。技術はあるからそれなりに書けるが、〈瞬間〉を信じられなくなったのだろう」
 凡人が〈瞬間〉を理解するには、恋愛を考えれてみればいい、と健一さんはヒントもくれた。男と女はお互い嫌なところはいっぱいあるが、あるとき、相手を信じられる〈瞬間〉がある。「それと同じようにして言葉をつかみとってこれる瞬間を雁は信じられなくなったんだろうな」

 谷川が晩年過ごした長野県信濃町の黒姫山の麓(ふもと)を訪ねた。「ものがたり文化の会」で谷川と行動をともにし、パートナーとして一緒に暮らした西藤和(むつみ)さん(65)が山荘風の家を今も守っていた。
 「山に住んでいるのに、海魚が好きなのでいつも北陸から取り寄せていました」。黒姫にいても、〈原点〉としてイメージし続けたのは故郷・水俣の海から立ち上がってくるものだったのかもしれない。
 彼女は、「昔の活動は知りません。でも、私たちとの活動でもずっと工作者だったと思います」ときっぱり言った。
 では詩人としてはどうか。会に子供のころから参加する会社役員、京徳治さん(40)=福岡市西区=は当時谷川が筆名で使っていた「らくだ・こぶに」の文章を「かっこいい」と思い、活動にのめり込んだ。その興奮はかつて谷川の詩に興奮した人たちのそれと基本的に同じだろう。京徳さんは谷川に宮沢賢治と中原中也の詩について尋ねたことがある。賢治は「長すぎる」。中也については「あれは歌だ」。谷川はそう短く答えた後、こう言ったのだという。「そんなことを聞くな。俺は詩人なんだから」
 発言の真意を京徳さんは確認しなかったそうだが、「詩人はみな自分以上の詩人はいないと思っているんだから聞くな」とでも言いたかったのか。いずれにしてもやはり、彼は最後まで〈瞬間の王〉たらんとしていた、と思わせるエピソードではある。
(文=東京報道部・内門 博 写真=写真部・納富 猛)

▼たにがわ・がん

 1923年、熊本県水俣市生まれ。本名は巌(いわお)。東京大学文学部社会学科卒。戦後、西日本新聞記者となったが、労働争議で退職。「母音」などに詩を発表し、「大地の商人」で一躍注目を集めた。58年には福岡県中間市で、故上野英信さん、森崎和江さんらと文学集団「サークル村」を結成。大正炭鉱を拠点に政党・労組から自立した労働者による革命運動も展開した。66年上京、語学教育会社の専務理事となる。78年に長野県信濃町に移住。95年に71歳で死去。

●私の推薦文

見知らぬ土地 想像して読んだ 松本 圭二さん(42)=詩人(福岡市西区)

 1996年。僕は東京の暮らしを棄(す)てて、福岡に行く事にした。友人たちはみな一様に驚いた。リストラされたわけでもないのになぜ。「詩を書くためだ」と僕は答えた。友人たちは悪い冗談でも聞いたような顔をしていた。でも僕は本気だった。東京では生活していくだけで精一杯だった。詩を書く余裕なんてどこにもない。福岡に行けばなんとかなるように思えたのだ。週28時間程度、という仕事を福岡で得られるはずだった。腰を据えて、じっくりと詩を書くことができるような気がした。
 その頃に熱心に読んだのが谷川雁だった。僕は福岡に知人も親戚もいなかった。でも谷川雁なら知っている。その詩を読んだことがある。だから、福岡に行く前に、僕はそれまで遠い存在でしかなかった谷川雁の著書を集中して読んだのだった。これから暮らすことになる見知らぬ土地を想像しながら。『原点が存在する』『工作者宣言』『影の越境をめぐって』。それらは今も僕の本棚に鋭く刺さっている。

●メモ

 ■最近イタリアの思想家アントニオ・ネグリたちが唱える〈マルチチュード〉という言葉をよく聞きます。新自由主義を背景にした世界のグローバル化で出現した国境を超えたネットワーク状の権力を従来の帝国とは異なる〈帝国〉ととらえ、その対抗勢力として構築すべき多様な世界民衆のネットワークを指すようです。谷川の〈工作者〉に似た部分もあり、比較するのも面白いかもしれません。

 ■「谷川が訴えた連帯や共同体の思想は再考する価値がある」という佐藤泉・青山学院大学准教授(日本近代文学)など、谷川を再評価する若い研究者も現れてきています。

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