沖縄戦の「陰の記憶」も照射
今年の夏、沖縄は揺れた。
62年前の住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦・沖縄戦の記憶が、全島に呼び覚まされた。9月29日に沖縄県宜野湾市で行われた教科書検定をめぐる「県民大会」。参加者11万人(主催者発表)の中に、目取真俊はいた。
戦後、米軍統治下の「銃剣とブルドーザー」による米軍の土地強奪、祖国復帰運動、1995年の米兵による少女暴行事件抗議に対する県民総決起大会…。「島ぐるみ闘争」を幾度か経験してきた沖縄が、いつも対峙(たいじ)してきたのは巨大な権力だった。
今回の「集団自決と軍命」の記述をめぐる教科書問題では、本土の一部に「11万人はうそだ」「動員がほとんどだ」などの論争が生まれた。また教科書会社の訂正申請は相次いだが、沖縄側が求めている「検定意見の撤回」は、今のところ無視されている。
10月末、沖縄県名護市で会った目取真は、県民大会後の本土側の対応について開口1番、こう言った。
「沖縄は同じ国ではないのでは」
怒りに満ちていることは、はっきりと分かった。
目取真が「水滴」を執筆していたのは、米兵による少女暴行事件で沖縄全島が怒りに震えていた時期。それから12年。
「何も変わっていない。いや、どんどん悪くなっている」
国内の米軍専用施設の75%を占める基地の島で、基地問題などの評論活動も続ける目取真は本土に対して、そして沖縄自身に対しても、カミソリの刃のように鋭角的なまなざしを向ける。
6月半ば、沖縄戦で鉄血勤皇隊員だった主人公の徳正(とくしょう)の右足が、突然膨れ出す。物語は、その足から噴き出る水を、沖縄戦で死んだ兵士たちが、夜な夜な吸いに来るという幻想的な展開をたどる。
ねっとりと、時にはユーモラスに描かれる徳正と、その妻ウシ、いとこの清裕(せいゆう)。濃い沖縄独特の集落共同体の情景、方言もちりばめられ、リズム感もあふれている。
「過去の戦争での戦友への贖罪(しょくざい)」がテーマと言えば簡単である。しかしそう単純ではない。
「嘘物(ゆくしむぬ)言いして戦場(いくさば)の哀れ(あわり)事語てぃ銭儲(じんもう)けしよって、今に罰被(ばちかぶ)るよ」
ウシが徳正に語るこの言葉は、基地と引き換えに「特需」を受ける沖縄の現状を、痛烈に照射する。
悔恨、悲劇、怒り、欲望、喜劇、矛盾、苦悩、焦燥…。「水滴」の中で戦争は、過去と現在を行き来しながら、さまざまな形の心象風景として描かれる。
そこには、あの戦争が記憶として現在の人々の心に存在し、さらに米軍基地と隣り合わせの沖縄が今も、戦争につながっている現状をも告発しているようだ。
戦後生まれの目取真は、もちろん沖縄戦を体験していない。しかし「水滴」で描かれた沖縄戦は、とてもリアルだ。なぜか。
「想像力で書いた沖縄戦だからこそ、現代にまで続くその暴力性まで描けた」。琉球大の新城郁夫准教授(沖縄文学)は、こう読み解く。
新城によると、沖縄戦は沖縄の人々にとって「集団的記憶」であり、「水滴」発表以前はどこか「沖縄戦は冒さざるもので、真実を書くべきだ。フィクションでは書いてはいけない」という禁忌があった。それどころか、体験者の誰にも話したくない、誰にも聞かれたくない陰惨な「陰の記憶」は、排除されてきた。
しかし「水滴」は、生の人間の押し込められた心情を深くえぐることでリアリズムを生み出した。軍の公式記録や、市町村発行の沖縄戦証言集などには描かれていない個人の心情も「表現できる」という突破口を開き、沖縄戦を主題としてきた戦後沖縄文学の「大きな変わり目となった作品」(新城准教授)という。
目取真は、沖縄戦をただ想像だけでは書いていない。鉄血勤皇隊員だった父の体験を聞き、育ってきた。
日常に「戦争」があるのは、沖縄の人々の共通項でもある。基地を離着陸する米軍機の爆音だけでなく、おじぃ、おばぁからは今も、鉄の暴風や旧日本軍による住民虐殺、「集団自決」など、地上戦の生々しい証言を聞くことができる。さらに沖縄の書店に行けば、ほぼどこの書店にも沖縄戦の写真集や証言集が並んでいる。
本土の人々が遠い中東地域で起きている戦争をテレビで見るような感情では決してなく、沖縄の人々にとって戦争は“ほんの”六十余年前に、現在住んでいる自分の土地で起きたのだ。父母や祖父母など身近な人たちから「記憶」を聞き、追体験したウチナンチュたちが「自分たちも行動しなければ」と、あの「11万人大会」に集ったのである。
沖縄で、1人の元小児科医と会った。沖縄戦当時、本島南部の南風原(はえばる)陸軍病院壕(ごう)の軍医見習い士官だった長田紀春さん(87)。第三外科の医師として長田さんは、汚物と消毒液と体臭が入り交じり、絶叫と怒号が響くガマ(自然壕)の中で、次から次へと運ばれてくる兵士に麻酔薬もないまま手や足を切断する手術を続けた。
そして米軍がすぐ近くまで迫ってきた1945年5月中旬、さらに南部への撤退命令が出された。壕には約70人の患者がいた。「軽傷者は自力で撤退させ、重傷患者には青酸カリを飲ませろ」との命令だった。
「命を守るために働いてきたのに、信じられない」。長田さんは下士官が本部壕から受け取ってきた青酸カリ入りの袋の廃棄を指示した。そして、約20人の重傷兵をガマに残して撤退した-。
砲弾の雨と、草も食べ尽くした飢えの生き地獄の中で、1カ月以上にわたって南部をさまよった。ついに米軍の捕虜になり、連れて行かれた収容所で偶然、壕に置き去りにした兵士の1人と再会した。壕から両手だけではい出し、米軍に救出されていた。
「置き去りにしたことがずっと気掛かりだった。本当に心が救われた気がした」
極限状態の戦場の様子を必死に想像しながら話を聞き、そして「水滴」の徳正と重ね合わせた。「置き去りにした兵士のうち、生き残ったのは何人ですか」「置き去りをどう思いますか」。長田さんに、もう少し話をうかがおうとも思った。
しかし「心が救われた」と、自分に言い聞かすような長田さんの口ぶりに、心情をわしづかみするような質問は、できなかった。
(文と写真=久留米総局・吉田賢治)
▼めどるま しゅん
1960年、沖縄県今帰仁(なきじん)村生まれ。琉球大学法文学部卒。港湾労務や警備会社のガードマンなどさまざまなアルバイト生活を経て高校の国語教師となる。教職を退職後の今も、沖縄を拠点に文筆活動を続けている。83年に「魚群記」で琉球新報短編小説賞、86年に「平和通りと名付けられた街を歩いて」で第12回新沖縄文学賞を受賞。97年に九州芸術祭文学賞を受けた「水滴」は、芥川賞を受賞。選考委員9人中8人の支持を受けた。このほか「群蝶の木」(朝日新聞社)、「魂込め(まぶいぐみ)」(同、木山捷平文学賞と川端康成文学賞受賞)、「虹の鳥」(影書房)などの著書がある。同県名護市在住。
●私の推薦文
極限状況下の実相を剔抉 大田昌秀さん(82)=前参院議員 元沖縄県知事(那覇市)
小説「水滴」を読んで、その奇想天外の内容に一驚した。表現を絶する事態の戦争を、見事に描出した著者の奇才にまず脱帽。短い文章で登場人物の人となりを生き生きと浮き彫りにした手腕はさすがだ。
とりわけ登場人物の1人に鉄血勤皇師範隊員が出てくるので、私自身その一員として銃を執って戦場に出た体験があり、読んでいて身につまされる思いがしてならなかった。
この小説で特筆に値することは、沖縄語(方言)の用法の巧みさだ。本土の読者には、方言の持つ独特なニュアンスは理解しがたいかもしれない。しかし地元の読者には「嘘物(ゆくしむに)言いしち」「呆気(あき)さみよう!大事(でーじ)なてるもん」「有難うやたんど」などといった片言隻語で、読者と受け手のやりとりの雰囲気が的確にイメージできる。
この小説は、極限状況下の戦争の実相を剔抉(てっけつ)しながらも、著者の巧みな話術で各所にユーモラスな場面もあり、読者をホッとさせる。
●メモ
■「水滴」は2000年には文庫本になっています。併録されている「風音」は目取真氏自らが脚本化し、東陽一監督が映画化しています。
■目取真氏はエッセーや評論も精力的に執筆しています。「沖縄/草の声・根の意志」(01年、世織書房)「沖縄 地を読む 時を見る(06年、同)などがあります。「沖縄『戦後』ゼロ年」(05年、NHK出版)は、目取真氏と沖縄戦のかかわりにも触れています。
■記者が那覇支局勤務時、政治的な集会などで何度か目取真氏をお見かけしました。ただ1番印象深かったのは、名護市の国立療養所「愛楽園」で、自治会による証言集づくりのために、元ハンセン病患者からの聞き取りにボランティアで参加されていた姿です。
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