西日本新聞

千年書房・九州の100冊

松本零士「銀河鉄道999」

「明日」を信じ、若者は旅立つ

 〈明日の星には
  明日の人間が住むと人はいう…
  いつも夜空には
  明日を信じる明日の星が
  数かぎりなく輝いていると人はいう〉

 「銀河鉄道999(スリーナイン)」が漫画週刊誌に連載されていたころ、私は小学生だった。家には兄が買った単行本が確か全巻あって、ちょくちょく読んでいた。
 天涯孤独の少年星野鉄郎が謎の美女メーテルとともに銀河超特急999号に乗って広大な宇宙を駆け巡る、胸踊るSF冒険活劇―のはずだが、子どもながらに痛快さより、物悲しい読後感を得た記憶がある。二十数年ぶりに読み返してみた。

 舞台はいつとも知れない超未来。人類は全身を機械化して永遠の生命を手にし、全宇宙に広がっていた。だが機械の身体を買えない貧しい者は機械人間に虐げられ、その生命さえもてあそばれていた。
 第一話〈出発(たびだち)のバラード〉で、鉄郎は「人間狩り」を楽しむ機械人間の一団に母を殺される。母は鉄郎に、999号に乗って「機械の身体がただでもらえる星」に行くよう言い残し息絶える。鉄郎はどこからともなく現れたメーテルに助けられ、銀河鉄道に自由に乗れるパスをもらう。鉄郎は誓う。「機械の身体を手に入れて帰ったら、地球の機械人間どもを皆殺しにしてやる」
 鉄郎とメーテルの旅が始まる。目指すは機械の身体をただでくれるという、200万光年かなたの大星雲アンドロメダ―。

 松本零士が戦後、少年期から思春期を過ごした北九州市小倉北区長浜町を訪ねた。
 JR小倉駅から東へ約1キロ。目の前を鹿児島線や日豊線の列車がせわしなく行き交う。自伝「遠く時の輪の接する処(ところ)」によると、松本が住んだ〈崩壊寸前の長屋〉は線路に面して約7メートルのところにあった。
 「野菜を積んだ荷車を毎日、オヤジさんが引いていた姿を覚えている。きょうだいも多かったし、大変やったろう」。今も地元に住む同級生岩下勝さん(70)は当時の松本家の印象をそう話す。
 戦後の混乱期。松本家は貧しかった。旧陸軍の戦闘機乗りだった父は野菜の露天商を営んだが「武家の商法」でうまくいかない。一家は売れ残りの野菜で飢えをしのいだ。極貧生活の中で、松本は「自活しなければ」との意識を強く持つ。
 父には戦後、パイロットの誘いもあったという。だが「大勢の若い部下を死なせて、どの面下げて今さらアメリカの飛行機に乗れるか」と断った。軍隊時代の半長靴を履き、荷車を黙々と引く父。その背中を見ながら、松本は「誇りを貫く」ことを学ぶ。進駐軍の米兵がばらまく菓子には決して手を出さなかった。〈幼いながら、プライドが「拾うな!」と命じて許さなかった〉
 一方で、小倉の街には進駐軍がもたらす米国の漫画やアニメ映画があふれていた。幼児期から国産の漫画やアニメに魅せられていた松本はその洗礼をたっぷりと浴び、「漫画家」への夢を膨らませる。小学生のころから次々と「新作」を描いては、綴(と)じを作って本の体裁を整え、学級図書に置いてもらったりしていたという。「授業中に漫画を描いて、先生に怒られたとか言うとったなあ」と岩下さんは懐かしむ。
 だが松本の漫画家への夢は単なる夢ではなかった。強い自活意識が「漫画で身を立てる」ことを使命感にまで強めていく。
 高校卒業後、松本は小倉駅から東京行きの夜行列車に乗る。薄べったいスーツケースに漫画道具一式だけを入れて。

 なぜ、子どもの私は「999」を物悲しく感じたのだろう。読み返して思い至った。この物語には「挫折」があふれている。
 999号はさまざまな星に停車する。そこは生身の人間や機械人間のほか、異形の生命体も暮らす異世界。彼らと鉄郎たちが織りなすドラマが一話完結で描かれる。
 あまたいる登場人物の中で、形を変えて繰り返し描かれるのが、不条理な現実を生きる若者たちの姿だ。彼らは現実を覆すために闘い、新天地を求めて999号に乗ろうと試みる。だがその多くは成就しない。反乱は鎮圧され、苦労して買ったパスは偽物。やっと999号に乗り込んでも、環境の変化に適応できず死んでしまう。鉄郎たちのパスを奪った若い母親は処刑され、砂漠に1人残された幼児のか細い声が切なく響く。「かあさん、かあさん」
 その様は、暗い色調の絵と相まって、悲しく、切ない。だが、松本の筆はその先に、希望を見いだそうとする。
 鉄郎は、現実に抗(あらが)う彼らに限りない共感を示し、「友」と呼ぶ。彼らのために泣き、パスを奪おうとした者さえ「頑張れよ」と励ます。星に残った若者は宇宙に上っていく999号を見上げて叫ぶ。「待ってろよ。いつか胸を張って乗ってやるからな」
 誇りを失わず、「明日」を信じ、挫折を乗り越えて現実と格闘する。松本はそんな若者を繰り返し描く。鉄郎もまさにその1人だ。そしてそれは、漫画道具だけを持って小倉駅から夜行列車に乗った松本自身であり、戦後の貧困からはい上がろうとした時代の、若者の1つの典型でもあった。

 福岡市中央区の漫画専門古書店「まんだらけ福岡店」。松本作品は他の「大家」と並んで陳列されている。男性客12人に「999」について聞いてみると、好意的に語ったのは40代の2人。「ああいう『男』の世界、好きです」(40歳)。だが、世代が下がるにつれて反応は異なる。「ちらっと読んだことはあるけど、ピンと来ませんでしたね」(30歳)。10代や20代になると、読んだことすらなかった。
 「999」は連載と並行してテレビアニメも放映され、劇場版も公開された。「宇宙戦艦ヤマト」で火が付いた松本零士ブームは「999」で1つの頂点を極める。
 子ども向けの「漫画映画」から、大人も熱中できる「アニメーション」へ。松本が切り開いた流れは「機動戦士ガンダム」「新世紀エヴァンゲリオン」へとつながる。だがそこに描かれる若者像は大きく変容する。肉親とのかっとう、周囲とのあつれき、組織のじゅばく。物語は登場人物の内面へ、内面へと下りていく。それは夢を追い、誇りを貫くため、自分の外側にある矛盾と闘う鉄郎たちとは明らかに異なる。
 「999」を「若者への永遠の応援歌」と読むか、単なる「古き良き時代の娯楽作品」と読むか。
 〈メーテルは何も言わない〉
 (文=文化部・江藤俊哉 写真=写真部・大矢海寿帆)

▼まつもと れいじ

 1938年、福岡県久留米市生まれ。本名は晟(あきら)。兵庫県や愛媛県などを経て、戦後は北九州市小倉北区へ。県立小倉南高校在学時の53年「蜜蜂の冒険」で漫画界デビュー。同高卒業後、上京。当初は少女誌で活躍し、60年に少年誌へ進出。「宇宙戦艦ヤマト」(74年)でテレビアニメ初挑戦。劇場版(77年)が大ヒットし、第一次アニメブームが起きた。他に「男おいどん」「戦場まんがシリーズ」「宇宙海賊キャプテンハーロック」「クイーンエメラルダス」「新竹取物語・1000年女王」など。

●私の推薦文

信念で立ち向かえば悔いなし 大塚ムネトさん(42)=劇団「ギンギラ太陽’S」主宰(福岡市南区)

 「宇宙戦艦ヤマト」以来の松本零士先生の大ファンで、「銀河鉄道999」の連載は第一話から毎週わくわくして読んでいました。
 「999」はまず、鉄郎が機械の身体をただでもらえる星に行くという大きなストーリーがあって、謎が随所にちりばめられ、「この先どうなるの?」と謎解きの楽しみが味わえます。その中で鉄郎が毎回、違う星を訪れ、不思議な世界に飛び込んでいく。読者は鉄郎と同じ目線で驚いたり、泣いたり、喜んだり。二重の楽しみ方ができるのです。
 「999」で学んだのは、世界が変われば価値観も違う、正義も悪も決して1つではないということ。そして、ゴミのような扱いを受けても人間には熱い思いがあるということ。確かに世の中は不条理だけど、人が何と言おうと信念を持って立ち向かわなければならない。そうすれば仮に負けても悔いは残らないのです。「999」は私の生き方のお手本であり、表現活動の原点となっています。

●メモ

 漫画「銀河鉄道999」は1977─81年、「週刊少年キング」に連載され、96年からは続編も始まりました。単行本は現在、小学館から21巻まで発売中。14巻までがおなじみの旧作です。続編では地球からすべての自然を追放した謎の支配者と戦うため、鉄郎とメーテルが再び999号で旅に出ます。ハーロックやエメラルダスのほか、何と宇宙戦艦ヤマトまで登場します。

■「999」は英、仏、伊、中、韓など各国語に翻訳され、世界中で出版されています。

■その他、松本零士氏の最近の作品は公式ホームページ(http://www.leiji-matsumoto.ne.jp/)で紹介されています。

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