いかにナガサキを脱するか
夏になると、長崎市は「ナガサキ」や「NAGASAKI」になる。
被爆直後の荒廃を記録したモノクロ影像がテレビに流れ、8月9日には平和公園で行われる厳粛な祈りの光景が全国に伝えられる。原爆被害の悲惨さを知らしめ、核兵器廃絶のメッセージを発し続けるナガサキ=NAGASAKIは聖性と正義というイメージをまとっている。一方、現実の「長崎」には、ごく当たり前の現代の暮らしが息づいてる。優しさや温かさがあれば、偽りや汚濁もある。平和公園の隣にはラブホテルが林立している。
「既成のイメージを引き受けた上で、それを逆転する、ゆがめるといった試みがないと、長崎を書いたことにならないのではないか」。世界に2つしかない原爆被災地という記号化したナガサキから脱する試みを、長崎を舞台に小説を書くという方法で続けているのが青来有一である。
青来が描くのは、妄想あり、カルトあり、ファンタジーありの、少し不思議な長崎。核廃絶の訴えも、凄惨(せいさん)な被爆体験も出てこない。だが登場人物や土地の奥底に眠る記憶をなぞっていくに従い、静かに原爆がもたらした陰影が浮かび上がってくる。
2001年1月、「聖水」の芥川賞受賞をきっかけに、青来は「原爆文学の継承者」と注目された。それは長崎市職員という二足のわらじを履き、長崎で書き続ける青来にとって、葛(かっ)藤(とう)の始まりとなった。
「聖水」は、がんに罹患(りかん)した父親の末期を、棄教したキリシタンの末裔(まつえい)である一族の人間模様を絡めながら、主人公「ぼく」の目線で描いた物語である。「人は死ぬ際、何か信じるものなしに死んでいけるのか」という重いテーマを扱いながらも、うさんくさいエコ・ビジネス、熱狂的なまでの水への信仰、家業の経営権争いといった世俗的なモチーフが絡み、どこかこっけいにも読める。青来は「聖水」の着想を、1995年の地下鉄サリン事件に得たという。「なぜこの神なき時代に、学ある者がカルト集団に引き込まれたのか」という疑問が発端だった。
物語では、聖地・ナガサキのイメージを裏切るかたちで「原爆」が描かれる。例えば「ぼく」は、巨像に一斉に頭を垂れる8月9日の平和祈念式典参列者の姿に、「異形の信仰」を感じている。父のいとこは、平和公園のそばでラブホテルを経営。教祖風で怪しい親類は胎内被爆者で、「爆心地で一瞬のうちに消滅した人の記憶が、自分に宿っている」と事もなげに話すのだ。
青来の両親はともに被爆者。爆心地に最も近い城山小学校に通った。毎月9日に学校で行われた語り部の話は、怖い昔話を聴く感覚。近所には被爆樹木や防空壕(ごう)が残っていた。「原爆」は青来にとって、風土の一部として日常に溶け込んでいた。生活の場はナガサキではなく長崎。創作も同じだった。
「原爆そのものが主題なのではなく、人や場所のもつ記憶として原爆に触れている。そこにイデオロギーはない」。青来の一貫したスタイルだが、創作には困難と迷いがつきまとったという。
「被爆者から『そんなもんじゃなか』と言われたら、もう終わりだ」。被爆体験がないのに書いていいのか、いつも自問した。芥川賞受賞から半年後の対談で「長崎で書き続ける者には、原爆を書くのは使命ではないかと思う一方、それを切実なテーマとして書く方法がわからない」と「被爆後半世紀以上過ぎて、今、原爆を書こうとする人間の正直な気持ち」を明かしている。
青来と親交がある詩人で活水女子大(長崎市)の田中俊廣教授(58)は「周囲の期待に応えようとするプロ意識が強いのに、林京子さんのような被爆体験がない。彼はいつもそれを気にしていた」と振り返る。
青来は一時期、東京が舞台の近未来小説などを手掛け、「長崎」から距離を置いた。しかし「原爆文学の後継者」という世間の“期待”はいや応なくまとわりつく。被爆60年の2005年春の異動で、青来は平和宣言文の起草を担当する平和推進室長に就いた。「被爆二世の芥川賞作家が平和行政担当に」。マスコミは大きく報じた。
同年夏、自身の被爆体験を基に書き続ける林京子さんの全集刊行記念講演会が長崎市で開かれた。青来に与えられた演題は、皮肉にも「原爆文学の継承」だった。講演会終了後、飲食店での打ち上げで、林さんが青来に声をかけた。
「あなたはもっと書いていいのよ。憶(おく)することなく書きなさい」
迷いの霧が晴れた気がした。
「原爆に触れるときは、いつも恐る恐るだった。林さんの一言で、この書き方でいいんだと初めて思えたんです」
青来は2007年、「爆心」で谷崎潤一郎賞、伊藤整文学賞のダブル受賞という快挙を成し遂げた。
福岡女子短大(福岡県太宰府市)の非常勤講師、内田友子さん(37)は、昨年9月から原爆文学の講義を担当している。
大田洋子、原民喜、井伏鱒二、林京子の順に作品を採り上げたが、学生は授業中、伏し目がちに沈黙。本を貸し出すと呼び掛けても、誰ひとり手を挙げなかった。しかし、青来の作品を取り上げると反応が一変した。学生がうなずきながら聞き、「次の作品が楽しみ」などの意見が出た。本も借りに来た。
「今の若い人は、悲惨で重い話が出ると、そのまま思考を閉ざしてしまう。世俗的な現代の物語でありながら、原爆につなげる、という青来さんの手法は、挑戦的で面白いのでしょう」。内田さんは分析する。
谷崎賞の選考委員を代表して作家、川上弘美は「青来さんは、どうしようもなく書かなくてはいられないようにして被爆を扱っていた。その頂点であるこの小説を前にして、私は感動した」と語った。青来は「原爆そのものが主題ではない」と言い続ける。しかし、川上は「原爆」が青来にとって避けて通れない、極めて切実なものであることを鋭敏に読み取っている。
青来は「長崎」を描き続ける。作品の連鎖は、本人の思いがどうであれ、原爆文学の後継者の軌跡となるだろう。
(文=文化部・下崎千加 写真=写真部・大矢海寿帆)
▼せいらい・ゆういち
1958年、長崎市生まれ。本名は中村明俊。長崎大教育学部卒。2年の無職期間を経て83年、長崎市役所に就職。ワープロを買ったことをきっかけに、深夜に小説を書き始める。初めて長崎を舞台にした「ジェロニモの十字架」で95年、文學界新人賞を受賞し文壇デビュー。2001年「聖水」で芥川賞。07年「爆心」で谷崎潤一郎賞と伊藤整文学賞をダブル受賞。著作に「月夜見の島」「眼球の毛」「てれんぱれん」などがある。長崎市在住。
●私の推薦文
「屈折した心」問いかけ 山田 拓民さん(76)=長崎原爆被災者協議会事務局長(長崎市晴海台町)
私はめったに小説を読まないたちですが、原爆を書き続けている若い作家、と聞いて興味を持ち、「爆心」から手に取りました。
両親と姉弟3人の家族全員を、被爆の急性症状と原爆症で失った私にとっては、最初、青来さんの原爆の描き方に物足りなさも感じました。でも読み進めていくうちに、「次も次も」と止められなくなったのです。
それは純粋に読み物としての面白さでした。特に「聖水」や「ジェロニモの十字架」などの初期作品は、人の屈折した心が描かれ、読み手にぐいぐい問い掛けてきます。爆心地の街並みや庭先の花など細部まで描かれ、映画のシーンのように状況が目に浮かぶのです。
私は今でも、道端に出された生ごみに、被爆後に爆心地を覆った死臭と同じものを感じ、あの時に引き戻されることがあります。多くの被爆者が、今も原爆を引きずっているのです。青来さんには、その視点を忘れないで書き続けていってほしいと思います。
●メモ
■青来有一さんが目標とするのは大江健三郎さんや中上健次さん。「聖水」を芥川賞に強く推した選考委員の石原慎太郎さん(東京都知事)は「石川達三氏(第1回芥川賞受賞者)のような作家になりおおせるかも」と激賞しています。
■ペンネームの由来はアニメ「セーラームーン」。「文壇デビュー前は漫画を描いていた時期もあったんですよ」と青来さん。
■2007年11月発行の青来さんの単行本「てれんぱれん」は、編集者の助言を受け、文芸誌「文學界」掲載分に、主人公の父親の被爆体験などが書き足されています。
■文学研究者らでつくる「原爆文学研究会」(九州大内に事務局)は、被爆者の語り部活動から青来有一など戦後世代の作品まで、原爆の語り方や描き方を検証し続けています。
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