西日本新聞

千年書房・九州の100冊

辻仁成「白仏」

過去と未来、一体となる命

 そんころはどこん家(いえ)も田んぼの端に墓を立てとってですね。一家に1つやなくて、1人に1つ、石塔のあった家もありました。そん墓の骨ば掘り起こしたことを覚えとります。私は働き盛りちゅうか、40歳くらいやったです。ええ、そげん疑問とかは感じらんかったですよ。島んもん、みんなが掘り起こしよったから。そん骨を全部寄せて、洗(あろ)うてね。最初は立像を作る予定じゃったが、坐像になったつですよ。いま思うと、ええことを考えたなあと思いますね。みいんなの骨ば集めて、骨仏(こつぼとけ)さんばつくるちねぇ。ほんとによか考えでしたなあ。 (吉川精作さん)

 大野島(福岡県大川市)は、筑後川の最下流、有明海の入り口に浮かぶ島である。南北に約7キロ、東西に約1.5キロ。戦国時代末期に川面に現れたほんの小さな三角州が、開拓を重ね、島となり、人が暮らし始めた。福岡と佐賀の県境が、島の中央を分けている。
 「白仏(はくぶつ)」は、この島に生きた明治生まれの鉄砲屋・江口稔の壮絶な生涯、とりわけ骨仏づくりに捧げた晩年を描いた物語だ。
 〈鉄砲屋江口稔の眼球は、澱(よど)んだ空の果てより島の上に降り注ぐ一条の光を確かに見ていた。記憶に焼きついた懐かしい景色に稔は最後の思いを馳(は)せていた。〉
 こう始まる物語のすべては、いまわの際で稔が見た、走馬灯の光景である。
 手先が器用で、柔軟かつ斬新な発想をもっていた稔は、戦前は刀鍛冶、戦中は鉄砲の修理、戦後は農耕機具や海(の)苔(り)摘み機を発明した。そのとき島の人々が求める何かを先んじて形にすることを生業とした。
 一方で稔は、シベリアで自らが殺(あや)めた敵兵への罪悪感にさいなまれ続ける。戦争は正しかったのか。人間とは一体何なのか。稔は幼いころから〈人は死んだらどこさん行くとやろか〉と考え続けてきた。戦場の敵兵だけでなく、思い続けた初恋の人は嫁ぎ先で悲惨な死を遂げ、五歳だった末息子は増水した川に飲まれた。幼なじみは戦死した。人は必ず死ぬ、という現実に、稔は苦悩する。そして、戦場での罪を告白した稔に、和尚は語る。
 〈生き残った人間にできるこっばするったい。みのるしゃんにできる何かがあるはずばい。それば見つけて死者のために、人のために生きるなら、おまえん中に募った罪悪は浄化さるるはずばい〉
 稔は島民すべての骨を集め、一体の仏を建立することを思い立つ。貧富の差や家柄の違いという現世の不平等を超越し、〈過去に生きた人も未来に生きる人もみんな1つになることができるなら、それほど人間らしいことはないのではないか〉と。

 主人公・稔のモデルは、作者である辻仁成の母方の祖父、今村豊さんである。祖父の実際の人生に即し、孫である辻は筑後の島の物語をつむいだ。
 骨を掘り返した記憶を語ってくれた吉川精作さん(80)=大川市大野島=は「鉄砲屋の豊さん」をよく覚えている。終戦直前、中学校では軍事訓練が繰り返されていた。「本土決戦に備えて、敵の戦車の裏に磁石の爆弾ばつける訓練をしよったころ。訓練に使う銃を、豊さんは修理してくれよったです」。戦争の武器に携わった罪悪感もまた、豊さん(稔)を仏の建立に向かわせたのだろう。
 辻が祖父の白仏を知ったのは、執筆前年の1996年。エッセー集「僕のヒコーキ雲」によると、息子の初節句で訪れた大野島で、五歳のときに他界した祖父の人生を聞いた。〈実際に見た骨の仏は物凄い存在感を放っていた。気高いというのか、近づくものを見据えるような強い霊力が漲(みなぎ)っていた。僕は震えた〉。このとき、祖父を書くことを決意したのだった。
 辻は東京で生まれ、転校を繰り返して育った。少年時代を福岡で、思春期を北海道の函館や帯広で過ごした。後にロックバンド「エコーズ」で彼が作った歌では、帰る場所のないデラシネ(根無し草)の孤独がしばしばモチーフとなった。
 「白仏」は、函館を舞台にした「海峡の光」で芥川賞を受賞した直後、わずか1カ月で書き上げられた。受賞という大きな節目を機に、小説家として何を書いていくのか。恐らく辻はこのとき、作家としての足場、拠(よ)りどころを自ら決めた。右足は函館に、そして左足は筑後に。根差す場所を選ぶことができるデラシネの特権として、コンパスの軸を二本、据えた。その軸を自在に行き来し、純文学や娯楽小説、文学や音楽、映画というジャンル、そして国境さえも越境し、創作を続けているのである。
 昨年11月、福岡市であった講演会の際、辻は「白仏」についてこう話した。
 「自分の力で書いたというより、大野島の人たちの力で書いた気がする。いつかまた舞台として書きたいと思っている。筑後という土地を」

 勝楽寺は大野島のほぼ中央にある。少し傾いた納骨堂の壁に、建設委員長として今村豊さんの名があった。きしむ引き戸を開けると、白仏は穏やかに鎮座していた。すべてを悟ったような白い仏の視線に向き合い、私はさっき見た風景を思い起こした。
 島の北端に、葦(あし)原が残っていた。180センチの私の背を軽く越える葦を掻(か)き分けて歩いた。北風にかしぐ葦の根元、有明海の泥を含んだ土の表面はゴムのような弾力があり、つかみ取ると冷たく湿っていた。ほんの40数年前、豊さん(稔)は島の人々を一軒一軒説得し、骨を集めた。墓の中だけでなく、冷たい土を掘り返し、土葬された亡きがらの断片を再び現世に戻した。
 先祖たちは〈子孫たちと先祖との交信の場。大野島でめぐり合った縁を大切にする記念の碑。過去と一体になる未来〉としての一体の仏に生まれ変わった。台座には「骨数量28俵、骨重量1300kg、使用遺骨数千体」と記されている。
 私も辻と同じように東京で生まれ、転校を繰り返し、団地を移り住んで育った。拠り所を探したとき、幼いころに親しんだ筑後川の記憶に導かれ、父母のルーツである九州に根差すことを選んだ。自分という不確かな存在が、何かと、どこかとつながっている実感がほしかったのだと思う。
 人はただ、自分だけがひょっこりとそこに生まれ、生きているのではない。親がいて、先祖がいて、命は連綿と続いている。海に流れ込む大河の流れがはるか上流の山奥のわき水にあるように、その水が永遠に循環を繰り返すように、人の命もまた、巡っていくのだろう。
 川の終わりと、海の始まりの間にある大野島。白仏はこの地に穏やかに座し、死と生のやり取りを永遠に見つめていく。
 (文=文化部・塚崎謙太郎 写真=写真部・納富 猛)

▼つじ・ひとなり

 1959年東京生まれ。父親の転勤に伴い、少年時代は福岡市や北海道函館市に暮らす。85年にロックバンド「ECHOES」でデビュー。89年に「ピアニシモ」ですばる文学賞、97年に「海峡の光」で芥川賞。99年には「白仏」仏語翻訳版がフェミナ賞外国小説賞を日本人として初受賞。作家は「ひとなり」、音楽や映画は「じんせい」と使い分け、幅広い分野で活動。主な著作に「冷静と情熱のあいだblu」「愛のあとにくるもの」「ピアニシモ・ピアニシモ」など。昨年から京都造形芸術大教授として文学を教える。フランス・パリ在住。

●私の推薦文

もう1つの古里の姿に出合った 田中 利世子さん(33)=会社員 (福岡県大川市大野島)

 4年くらい前、映画で見た「冷静と情熱のあいだ」の原作を買おうと訪れた書店で、隣にあった「白仏」を偶然手に取りました。開いてみると私が住む「大野島」が舞台と書いてあり、ミーハー的な感覚で買いました。
 辻さんの名前も、白仏が大野島に実際にあることも初めて知りました。主人公・稔が、骨で仏像をつくるために、島民を1つにまとめていった精神力と統率力、壮絶な人生に圧倒されました。
 物語の中の大野島は私の知る大野島とは違っていました。渡し船が島民の大切な交通手段だったという話は、父から聞いたことはありますが、橋が架かった後に生まれた私には大昔の出来事に思えます。知らなかった、もう1つの大野島を知った気がします。
 川に囲まれた風景は、今も昔も変わりません。私の大好きな風景です。この小説をもっと多くの人が読んで、大野島を訪れてほしいと思っています。

●メモ

 ■白仏は勝楽寺で見せてもらうことができます。集まった島民の骨を細かく砕き、大阪の彫刻家・故今村輝久さんが仏像にしました。小説「白仏」はフランスのほか、トルコ、台湾などで翻訳出版され、ドイツ、スペインでも出版予定です。

 ■辻仁成さんが福岡を舞台に書いた小説は「人は思い出にのみ嫉妬する」のほか、昨年江國香織さんとの並行連載を終えた「右岸」があります。1960年、福岡の隣り合った家に生まれた男女の人生を描いた長編で、年内出版予定です。エッセー集「そこに僕はいた」にも福岡の少年時代がつづられています。

amazon.co.jp

商品のご購入について

 このページで紹介している著書は、リンク先のサイト「Amazon.co.jp」でご購入いただけます。 ご利用の際には「Amazon.co.jp」の利用規約をご一読ください。また、その利用規約に同意の上、登録や購入手続きを行ってください。

     

おすすめ情報【PR】
おすすめ情報【PR】
東日本大震災特設ページ
西日本新聞公式アプリ
天気・交通情報
  • 2月 2012年
  • 10
  • 金曜日
  • 道路交通情報
  • 九州のりものinfo.com
福岡 7℃
/
長崎 7℃
/
佐賀 7℃
/
宮崎 11℃
/
大分 7℃
/
鹿児島 9℃
/
熊本 8℃
/
山口 7℃
/
記事写真ご利用はこちら
アクセスランキング
  1. 玄海町長・町議が破格の外遊 「原発...写真付記事
  2. 3・11に反原発2人劇 鹿児島の作...写真付記事
  3. 【米大統領選2012年】ロムニー氏「...
  4. 寒波 いつサルの? 福岡県内冷え込...写真付記事
  5. 復興庁発足 名実共に司令塔の役割を
注目コンテンツ
47CLUB探検隊

「もつ鍋万十屋」さんに行ってきました!

年末に差し掛かりコートが手放せなくなってきましたが皆さまはお元気ですか? これから一段と冷え込むこの季節、特に恋しくなっ...

>> 記事を読む

>> 47CLUB探検隊へ