民の言葉で近代の闇を突く
庭先に咲く赤いサザンカに誘われるように1軒の廃屋に足を踏み入れ、息をのんだ。
宮崎県高千穂町。古祖母(ふるそぼ)山(1633メートル)の懐にある小さな集落、土呂久。薄暗い室内には、短冊状の和紙がいくつも張られていた。
「公害にかかりし人は死に果てて 残る我が身ぞたえゆかん」
ほぼ半世紀前まで土呂久では、...

庭先に咲く赤いサザンカに誘われるように1軒の廃屋に足を踏み入れ、息をのんだ。
宮崎県高千穂町。古祖母(ふるそぼ)山(1633メートル)の懐にある小さな集落、土呂久。薄暗い室内には、短冊状の和紙がいくつも張られていた。
「公害にかかりし人は死に果てて 残る我が身ぞたえゆかん」
ほぼ半世紀前まで土呂久では、...
「この世のもんじゃなか……」
掘り尽くされた炭坑を再び堀りあばいた坑道の片隅で、ふんどし一枚の老人は壁を打ち、亡者のようにつぶやく。
妻子が家出した男は筑豊から60キロの道を歩いて福岡市まで血を売りに行き、糊口(ここう)をつなぐ。
「どげちこげち、こげなひどか監獄ヤマははじめてたい」
青ざめた顔で、地下の男たちは語り始める。
福岡県飯塚市相田。かつて中小炭鉱が点...
口之津は悲しき港ぞ 幾もの乙女らの涙の海 鳴くぞ千鳥の鎮魂歌
長崎県・島原半島の南端に位置する「口之津歴史民俗資料館」(同県南島原市)。1984年、ここを訪れた俳優の森繁久弥は、口之津港を眼前にして、こう詩に詠んだ。
題名は「からゆきさん」。
明治30年代、口之津港は石炭の積み出し港として栄えた。三池炭鉱(福岡県)から掘り出された石炭は、同港で大型船に積み込まれ、海外に出港...
シャギリの音が鳴り響く諏訪神社の秋の大祭「長崎くんち」が近づくと、演(だ)し物を奉納する踊町(おどりちょう)の家々は、衣装や道具、祝儀や家宝を恭しく並べた座敷を開けっぴろげて道行く人を招き入れる。
今や観光の見どころともなった庭見世(にわみせ)という習わしは、キリシタン禁制の世にあって十字架や祭具など何も隠してはおりませんとつまびらかにする年中行事でもあった。
お諏訪さんをたたえる...
赤茶けた土をむき出した湖底に、トンビが一羽、黒い影を描く。所々に残る石垣の残骸(ざんがい)が、ここに集落があったことを、かろうじて想起させる。
大分、熊本県にまたがる下筌(しもうけ)ダムの湖底を歩いた。梅雨に備えて水が落とされ、湖畔に太公望の姿もない。掛け合いで鳴くカラスの声が、山峡に響くばかりだ。
ほぼ半世紀前、ここに483世帯が暮らしていた。男は山仕事、女はこんにゃく作りなどに...
たとえば、園内の地図を開いてみる。集合住宅、スーパー、理髪店、さらには教会、火葬場そして、納骨堂まである。そこが1つの町と言ってもおかしくないことが分かるだろう。
鹿児島県鹿屋市郊外。人里離れたサツマイモ畑の台地に国立ハンセン病療養所「星塚敬愛園」はある。50年の人生をここで費やした島比呂志(本名・岸上薫)は「奇妙な国」と呼び、皮肉を込めこう書き出す。
「あなたがたは面積が40ヘク...
日南海岸の南端、宮崎県串間市市木は、時間が止まったようだった。照り付ける太陽、生い茂る亜熱帯植物。海岸に沿って続く一本道は、人影がまばらだ。過疎の波に洗われているのだ。だが、三百メートルほどの沖合に浮かぶ幸島(こうじま)の名は、世界中の霊長類研究者が知っている。周囲四キロの小さな島で「サルにも文化がある」という驚くべき発見がなされたのである。
瀬渡し船で数分、幸島に渡った。ビロウ、バナナ...
やわらかな日差しの中、赤いツバキの花が地面に落ちていた。近くの高校から部活動の掛け声が届く。「はーい」「はーい」。女子高生がテニスボールを打つ小気味いい音が交差する。長崎県島原市の島原城の片隅。「盲目の作家」、宮崎康平さんの石碑が静かに立っている。
「終戦は無慈悲に、私に失明を与えた。それから十五年、白いステッキにすがりながら、とぼとぼとまぼろしの国を探し求めてさまよい歩き、いまやっと、...