西日本新聞

千年書房・九州の100冊

[小説]一覧

五木寛之「青春の門 筑豊篇」

生きる原点、川筋にあり

 ひとつ 昼間する炭鉱のぼんぼよ
 ふたつ 船でする船頭のぼんぼよ
 みっつ 道でする乞食(こじき)のぼんぼよ
 その哀調を帯びた歌は9番まで続く。中でも7番がもの悲しい。
 ななつ 泣いてする別れのぼんぼよ
 五木寛之は1969年、月刊誌に連載した「にっぽん漂流」の取材で、福岡県の産炭地・筑豊を訪れた...

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原尞「私が殺した少女」

品格高きハードボイルド

 その電話が新聞社にあったのは、2月下旬、霙(みぞれ)交じりの冷たい雨が降っている夜だった。落ち着いた女性の声だった。
 「毎週、日曜日の『九州の百冊』のことです。もう98冊目になりましたが、わたしの大好きな、あのシリーズは取り上げる予定でしょうか?」
 「あのシリーズ? 何でしょう?」
 「探偵沢崎シリーズ、...

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辻仁成「白仏」

過去と未来、一体となる命

 そんころはどこん家(いえ)も田んぼの端に墓を立てとってですね。一家に1つやなくて、1人に1つ、石塔のあった家もありました。そん墓の骨ば掘り起こしたことを覚えとります。私は働き盛りちゅうか、40歳くらいやったです。ええ、そげん疑問とかは感じらんかったですよ。島んもん、みんなが掘り起こしよったから。そん骨を全部寄せて、洗(あ...

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青来有一「聖水」

いかにナガサキを脱するか

 夏になると、長崎市は「ナガサキ」や「NAGASAKI」になる。
 被爆直後の荒廃を記録したモノクロ影像がテレビに流れ、8月9日には平和公園で行われる厳粛な祈りの光景が全国に伝えられる。原爆被害の悲惨さを知らしめ、核兵器廃絶のメッセージを発し続けるナガサキ=NAGASAKIは聖性と正義というイメージをまとっている。一方...

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高樹のぶ子「銀河の雫」

恋愛を糧に自立する女たち

 福岡県西部の糸島半島、夜の海岸に立った。闇に目が慣れてくると、繰り返し寄せる白い波頭が見えてきた。
 高樹のぶ子の長編小説「銀河の雫(しずく)」には、波についてこんな文章がある。
 〈あれはみな、恋の追いかけっこです。よく耳を澄ませば、誰かが誰かを求めて、ひたすら追いかけてくるのが分かります。追いかけて掴(つか)まえようと...

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夏樹静子「蒸発」

ミステリーで描く女性の今

 1970年早春、東京・渋谷のコインロッカーから嬰児(えいじ)の死体が発見された。同様の事件が相次ぎ、遺棄された子どもはコインロッカーべービーと呼ばれるようになる。渋谷の事件のすぐ後に、女性誌「an・an」が創刊された。続いて「non†no」もスタート。ベトナム戦争に反対するデモに、女性団体が交じり始め、秋に渋谷で第1回ウ...

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目取真俊「水滴」

沖縄戦の「陰の記憶」も照射

 今年の夏、沖縄は揺れた。
 62年前の住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦・沖縄戦の記憶が、全島に呼び覚まされた。9月29日に沖縄県宜野湾市で行われた教科書検定をめぐる「県民大会」。参加者11万人(主催者発表)の中に、目取真俊はいた。
 戦後、米軍統治下の「銃剣とブルドーザー」による米軍の土地強奪、祖国復帰運動、19...

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佐藤正午「永遠の1/2」

新たな自分探す決意刻む

 夕刻の佐世保競輪場。楕円(だえん)形のバンクに目を向けると、選手が1人、自らの影を追うように黙々と自転車を走らせていた。
 1981年春、小説家を目指しつつも書き出すきっかけをつかめずにいた25歳の佐藤正午は、この競輪場である「事件」に遭遇した。
 〈「ずいぶん景気よさそうじゃない」
 40年配の男はそう言っ...

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帚木蓬生「三たびの海峡」

波間に浮かび、沈む記憶

 夜の海は黒く、辺りの建物から漏れる明かりが水面にぬるりとした光の紋をつくっていた。
 北九州市・若松港。
 〈悲しいのと嬉(うれ)しいので半分半分だから。明日になったらきっと嬉しいほうが大きくなるはずだわ〉
 戦時下、朝鮮半島から九州の炭坑に連行された青年、河時根(ハ・シグン)と将来を誓った千鶴(ちず)は、時...

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北方謙三「武王の門」

わき上がる男の高ぶり熱く

 〈ぶつかった。太刀を振りあげて叫び声をあげている騎馬武者を、懐良(かねよし)は横ざまに薙(な)ぎ倒した。躰(からだ)の中に、荒々しい咆哮(ほうこう)をあげているけものがいる。太刀を合わせるたびに、それは大きくなっていくようだった〉
 朝廷が分裂した南北朝時代、北朝の足利尊氏に対抗し、南朝の後醍醐天皇の皇子牧宮(まきの...

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劉寒吉「山河の賦」 

郷土を愛した「同志」の歴史

 揺れた。民意が、地を鳴らした。7月の参院選で、「長州8人目の宰相」、安倍晋三首相率いる自民党が歴史的大敗を喫し、第一党の座から初めて転落した。
 討幕運動の花形、長州。政治を動かしてきた自負。歴史は常に、勝者によって刻まれてきた。強き者こそが、世をつくりあげる、と。だが、明治維新から約140年後、「勝ち組」は、壁に突...

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滝口康彦「異聞浪人記」

武士道貫く孤高のまなざし

 短刀の刃を自らに向け、最期の覚悟。一気に腹に突き立てる。力を込め、横に切り裂く。見届けた介錯(かいしゃく)人の刀が一閃(いっせん)、首を切り落とす。
 切腹†。武士道を貫く自決方法として、中世から近世にかけ定着した。動機はさまざま。主君に殉ずるため、責めを一身に受けるため、捕虜の恥辱を避けるため…。それが関ケ原の戦以...

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内田春菊「ファザーファッカー」 

それは遺言状、だった

 〈私は娼婦の顔をしていると言われる〉

 主人公静子†内田春菊は、27歳のとき、少女時代の記憶を手繰り寄せる作業を始めた。
 〈それだけはぜったいしないという考えで暮らしていたのだ。人が私をどう見ようが構わないが、いったい何故私はそんな顔をしているのだろうか〉

 自伝的小説「ファザーファッカー」は19...

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城山三郎「落日燃ゆ」 

皇国少年がみた理想の指導者

 彼の生涯、その始点と終点にはそれぞれ石碑が建っていた。
 始点には生誕地を示す石柱。福岡市中央区天神3丁目、雑居ビルの裏路地にひっそりとあった。
 終点には「永久平和を願って」と書かれた碑。東京・東池袋中央公園内にある。彼の名はない。碑文から、かつて第二次大戦の戦争犯罪人を収容し、刑が執行された巣鴨プリズン...

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林房雄「繭」

忌避された作家の母への情

 身なりも物腰も、かっちりとした中年男性は、突然、こちらの言葉を遮った。
 「勘弁してください。林房雄と結び付けられることは、どんな形であろうとお断りします」
 林の出身地、大分市の某所。ゆかりの地をようやく訪ね当て、話が本題へと入った途端、取材はあっけなく打ち切られた。
 「こういう職にある者として、林...

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徳冨蘆花「灰燼」

体制に挑む「謀叛」への共感

 〈風息つけば、五棟に別れて炎々と立ち上る焔(ほのお)、また烈風の吹く毎(ごと)に五所の火焔一塊にもつれ、凄(すさま)じき音たてゝのの字に渦まき、しの字に狂ひ、餘炎籔(よえんやぶ)を炙(あぶ)つて千竿(かん)の竹立ちながら爆發(ばくはつ)すれば、焔の中に包まれし老楠(ろうなん)の葉は焦れ、幹は〓(〓は「虫へん」に「慈」)々...

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大西巨人「神聖喜劇」

鉄砲は天に向けて撃つ

 戦争が始まったら、私たちはどう生きるのだろう。国家の命令に従って戦場に赴くのか、あるいは徴兵を拒否しようともがくのか。胸にあるのは愛国の心か、おびえか、あきらめか…。
 かつて巨大砲台が随所に布置され、「要塞(ようさい)の島」と呼ばれた長崎県対馬の戦争史跡を訪ね歩きながら、そんなことをぼんやり考えた。
 1942...

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郭沫若「行路難」

川の流れの先に大海を見る

 〈川上川の渓流は昼夜をおかず流れていく。平坦(たん)な所に流れて行くと集まって小さな深淵を作るが、しかしまた絶えず流れる。流れが通れない所にさしかかるとまた激しくなって荒々しく怒り、ごうごうという急流の響きを立て、牙をむき出し、飛沫(しぶき)をあげて獅子奮迅する。(中略)流れよ。流れよ。涇(けい)水は渭(い)水と清...

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石沢英太郎「羊歯行」

人間の業を描いたミステリー

 †三原哲郎は天草・角山(かどさん)にシダ採取に出かけ転落死する。脳腫瘍(のうしゅよう)手術をした哲郎にとって初めての遠出だった。親友の嬉野は、哲郎が採取しようとした希少な「サツマシダ」が天草には存在するはずがないことから、その死に疑問を抱く。何者かが彼を危険な現場に誘導したのではないか。つまり、哲郎の死は、仕組まれ...

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岩田豊雄「海軍」

 小説「海軍」は1942年7月から12月まで朝日新聞に連載された。日米開戦の口火を切った真珠湾攻撃のとき特殊潜航艇で同湾奥に進攻し、赫赫(かっかく)たる戦果を挙げた九人が軍神に列せられた。その1人、横山正治少佐の誕生から23歳の死までを綴(つづ)ったものである。少佐は谷真人の名で登場する。
 真人は、鹿児島市下荒田町の精米商の六男として1919年に生まれた。ベルサイユ条約が締結されたその年で...

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国木田独歩「源おぢ」

 宇宙に流れている旋律。その響きは体の奥深いところで感じとれるものかもしれない。自然と人間の「融化」。大分県佐伯市の街並みが一望できる城山の頂に立ち、心を澄まして、国木田独歩を思うとき、こんなふうに自然と感応していたのではないか、と想像される。
 1893(明治26)年、佐伯の私立学校に教師として赴任してきた独歩は、英国の詩人ワーズワースの「熱心な信者」であった。自然のうちに人間を見いだした...

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赤川次郎「三毛猫ホームズの無人島」

 「あっ珍しいな、と思いました」
 光文社(東京)で長年、赤川次郎を担当した編集者石坂茂房さん(42)は、「別冊小説宝石」1996年初冬号に掲載された「三毛猫ホームズの無人島」の原稿を受け取ったときのことをよく覚えていた。「実在の地名が書かれていましたから。〈軍艦島〉って」
 赤川の作品で、人名以外の固有名詞が登場するものは皆無に近い。
 天才的推理能力を持つ飼い猫にヒントをもらいな...

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福永武彦「廃市」

 物語の背景に水の流れる音が絶え間なく響いている。小説『廃市(はいし)』は、卒業論文を書くため見知らぬ町を訪れた“僕”が、河の水音(みずおと)が気になって眠れないという場面から始まる。掘割(ほりわり)が縦横に通じ、白壁や蔵が残る古い町。「さながら水に浮いた灰色の棺である」という北原白秋の引用。舞台は白秋が“廃市”と呼んだ、柳川であるように思われる。
 福永作品のほとんどに絶望的な愛と死が描か...

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宇能鴻一郎「鯨神」

 その物語の冒頭は「あたし、…」で始まってはいない。
 「あたし、○○なんです」で始まる1人称の独白スタイルを生んだ官能小説の第一人者、宇能(うの)鴻一郎=横浜市在住=の出発点は純文学だった。
 〈ここに一巻の古い鯨絵巻がある。〉。芥川賞を受賞した短編「鯨神(くじらがみ)」の冒頭の一文である。
 「わたし」は、巨大クジラと漁師との死闘を描いた絵巻を所有する旧家当主に会い、鯨神の言い伝...

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火野葦平「花と龍」

 北九州の片隅に、気丈で進歩的な考えを持つ明治生まれの女性がいた。職業は、石炭を船に積み込む、地元で「ごんぞう」と呼ばれる「沖仲仕(おきなかし)」だ。男とともに汗を流し、すすで顔を真っ黒にしながら働いた。だが、日当は男の6割だった。
 〈男の中にだって、女の半分もできん人があるんじゃけ。それでも、賃銀は定められたとおり。不公平やわ〉
 谷口マン。後に、火野葦平の母となる人物だ。小説「花と...

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横光利一「旅愁」

 今でいえば、村上春樹や大江健三郎以上の存在だろうか†。そんなことをぼんやり考えながら、山道をたどった。大分県宇佐市赤尾にある光岡城跡。標高130メートルの頂きに「旅愁」の一節を刻んだ文学碑はある。地元の地域おこしグループ「豊の国宇佐市塾」が市民から浄財を募り、1993年10月に建立したものだ。
 「家を一歩外に出たもので 胸奥に絶えず 描きもとめてゐるふるさとと 今身を置く郷との間に 心を...

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岡松和夫「志賀島」

 「志賀島」は、博多湾の海岸線が今日のように埋め立てられていない時代、戦中、戦後の博多が舞台である。主人公の宏と友人の竹元という2人の少年が、志賀島で訓練を受けるところから物語は始まる。
 宏は勉強が得意だった。竹元は、双葉山のような強い力士に…と、その祖母が願うほど、腕力が自慢の子どもだった。訓練は海軍下士官が指導者となり6年生の男子を引率して志賀島に行く。罵声(ばせい)を浴びせられ、体罰...

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白石一郎「海狼伝」

 血沸き、肉躍る小説というのがある。戦国時代末期、海賊に身を投じた若者の成長を描く、この歴史小説も、そうした1冊だろう。出無精で、どちらかと言うと「腰の重い作家」と言われた、白石一郎が、何かに突き動かされるように、取材・執筆に3年、徹底的に現場を踏み、足で書いた小説である。
 この作品を書くに当たり、白石は「舞台の空気を吸いたい」と松浦党ゆかりの長崎県の平戸・壱岐・対馬に計15回も通った。村...

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森鴎外「阿部一族」

 森鴎外が熊本に滞在したのはわずか6日間だけだった。小倉(北九州市)の第12師団軍医部長のときの1899年と、陸軍省医務局長だった1910年。いずれも2泊3日の視察旅行だった。短い滞在だが、肥後藩士の殉死を題材にした歴史小説「阿部一族」の創作とあいまって、熊本ゆかりの作家として地元では認知されている。
 同書は2回目の訪問から3年後に発表された。その前年、衝撃の出来事が起きた。明治天皇大葬の...

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野呂邦暢「諫早菖蒲日記」

 早暁、本明川沿いの道を諫早湾に向かって歩いた。南に雲仙岳、北に多良岳の峰が見える。やがて日の出とともに、1000メートル級の2つの山の稜線(りょうせん)が明るく輝き、陽光が川面にたなびく朝霧を白く照らし出す。
 恐らくは太古の昔から変わらないであろう光景。長崎県諫早市に今暮らしている人々と同じように、野呂邦暢も、そして、野呂が生み出した「諫早菖蒲(しょうぶ)日記」の主人公たちも、この神秘的...

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岩下俊作「富島松五郎傳」

 夕暮れどきを歩いた。北九州市小倉北区のJR小倉駅から、繁華街を貫く平和通りを南へ約700メートル。通りに沿って走る北九州モノレールの旦過駅近く、左手にある商工貿易会館の裏に回った。ビルの谷間を、ひんやりとした風がすり抜ける。ここだ。
 「富島松五郎傳」の主人公、車夫の松五郎が暮らしていた古船場町の一角。地元有志が建立した「無法松之碑」がある。辺りの様子は、原作にこう記されている。
 〈...

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岩切章太郎「無尽灯」

 宮崎交通は草創期に手痛い事故を経験した。同社70年史によると、昭和2年12月29日朝、大淀川に掛かる橋を渡っていた同社バスが橋の中程でハンドルを取られて転落。四人の乗客のうち相川俊二さんが即死。運転士と車掌は無事だったが、他に乗客二人が大けがをし、バスは廃車になった。
 若き創業者・岩切章太郎が初めて直面した人身事故だった。会社の資本金が5万円だった時代に岩切は、遺族に5千円の弔慰金を包ん...

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佐木隆三「復讐するは我にあり」

 積み重ねられた十冊を超える大学ノート。表紙には「西口彰ノート」とあり、通し番号が打ってあった。関門海峡を見下す北九州市門司区の風師(かざし)山。その中腹にある佐木隆三の終(つい)のすみか「風林山房」で見せてもらったノートには、福岡県苅田町に端を発し、全国を震撼(しんかん)させた43年前の連続強盗殺人事件の裁判や捜査の記録、関係者の証言が丹念に書き込まれていた。
 事件から12年後の1975...

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檀一雄「リツ子・その愛 リツ子・その死」

 ストーリーを追いかけるのではなく、ノートを取りながら長編小説を読む。広辞苑を傍(かたわ)らに、一節一節をいとおしむように読める「九州の百冊」は何か。考えた末に出た答えが「リツ子・その愛」「リツ子・その死」だった。言葉に魂を凝縮させる詩人で、漢学の素養豊かな檀一雄が精根を尽くした1000枚を超える長編である。
 この傑作の文庫本やハードカバーは絶版となり、図書館か古本屋、あるいは全集を買わな...

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林京子「祭りの場」

 日差しが痛い。真夏の太陽は、足元にくっきりと映し出された影を射抜き、地中に眠る人々に光を当てているようにさえ思える。7月下旬、長崎市の長崎大文教キャンパス。暑さのためか、学生たちの姿は広大な敷地に散在する木々よりも少ない。かつて同年代の青年たち、もっと若い少女たちが日々、汗と油にまみれながら刹那(せつな)的な青春を送り、そして一瞬にして消え去ったことを思い起こさせるものはない。

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下村湖人「次郎物語」

 下村湖人が晩年を過ごした東京都新宿区100人町を訪ねた。湖人は庭に防空壕(ごう)を掘って戦時中も住み続け、疎開しなかった。逃げることが嫌いだったという。JR新大久保駅から歩いて数分。かつて湖人が住んだ木造住宅は8階建てのマンションになっていた。そこに住む湖人の二男・覚(さとる)さん(87)は、まるで昨日のことでも語るように、父・湖人を振り返った。
 「私が5、6歳のころだったでしょうか。遊...

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野上弥生子「海神丸」

 1916年12月25日早朝、大分県の下の江港から男4人を乗せた一隻の船が出航した。宮崎県の日向寄りの海に散在している島々に向かったが突風にさらされて遭難。以後、見渡す限り太陽と大空と海よりほかにはない状況で57日間にわたって漂流し、ミッドウエー付近で日本の貨物船に救助された。
 野上弥生子の小説「海神丸」は、実話に基づいて書かれた。実際の船の名前は「高吉丸」。同県臼杵市にある野上弥生子文学...

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大城立裕「カクテル・パーティー」

 オオグスクからオオシロへ。「大和的」な読み方で呼ばれだしたのは、中学校に上がった昭和十三年前後のころだったろうか。「日本人らしくなれ」。学校の先生は、そう教育する一方で、「沖縄の言葉を忘れるな」と説いた。
 戦前、沖縄県最後の県費留学生として、中国・上海にあった東亜同文書院に学んだ。「日中の架け橋」になるはずだった。
 在学中、日本軍に服務したことがある。現地の農民から食糧を調達する「...

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梅崎春生「幻化」

 主人公の五郎が、東京の精神病院を抜け出して鹿児島に向かうところから物語は始まる。常識的にはこのような行為を「現実逃避」とでも呼ぶだろう。だが、五郎は身の回りのものがリアリティーを失って信じられず、例えば「現実」とは何か、あるいは「逃避」が何を意味するのか、そんなことの輪郭がぼやけている。その朝、五郎はコーヒーを飲み、ちょいと散歩に出るような風情で飛行機に乗ったのだった。
 太平洋戦争末期、...

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井上光晴「明日 1945年8月8日・長崎」

 向かいの机では、先輩記者が頭をかきながらパソコンをにらむ。奥の机では、支局長が長崎総局のデスクと明日の紙面づくりについて、電話で話している。後ろの席では、パートの女性が新聞をスクラップしている。
 窓の外では、午後の晴れ空と対照的に、喪服の女性がコツコツとヒールの音を響かせて支局の前を通り過ぎた。近くの駐車場では、背広を脱いだ男性が車の鍵穴に鍵を差し込んでいる。
 2006年5月×日午...

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菊池寛「恩讐の彼方に」

 「いやぁ、あれは史実とは違うと言う人もいて…。私も20年前に一度読んだきりですね」
 周防灘から山国川をさかのぼること10キロ余り。大分県の名勝耶馬渓にある「青の洞門」が作品の舞台である。菊池寛あっての観光地であり、地元にはさぞかし愛読者も多いだろうと思いきや、中津市教委本耶馬渓教育センターの平原潤さん(45)からはつれない言葉が返ってきた。
 菊池寛の代表作「恩讐の彼方に」は、360...

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島尾敏雄「魚雷艇学生」

 生ぬるい風がほおをなでた。木々の新緑が群青色の水面に深い影を映している。鹿児島県加計呂麻島・呑之浦(のみのうら)。奄美大島の南端、古仁屋(こにや)港を出発して十五分。船は静寂を縫うようにその入り江に入っていった。
 あまりに原初的な光景に胸がざわつく。「ここで百八十人以上の兵隊たちが戦闘の準備をしていたなんて、考えられない」。海上タクシーという名の舟に同乗してくれた、同県瀬戸内町立図書館長...

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夏目漱石「草枕」

 那美さんに会ってみたい。
 「草枕」の読み方はいろいろあるだろうが、私のような三十代後半、中年の域に差しかかる男性ならば、同じ読後感を抱くのではないか。作品を二週間前後で書き上げた三十九歳の漱石が、ヒロインに寄せるひそかな思いを行間に読み、共感するからだ。
 この作品は、漱石が旧制第五高等学校(熊本市)の英語講師時代に体験した小天(おあま)村(熊本県玉名市)への小旅行を題材にしている。...

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五木寛之「戒厳令の夜」

 拝啓、五木寛之様。
 長文の手紙、お許しください。どうしても確かめたいことがあります。一九七六年に発表された長編小説「戒厳令の夜」について、過日、取材させていただきました。そのとき質問できなかったことが、疑問となって横たわっているのです。
 壮大な物語です。舞台はネオン輝く博多・中洲から、戒厳令下の南米チリへと移ろいます。主人公の雑誌記者、江間は中洲のバーで一枚の絵を見つけ、スペインの...

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石牟礼道子「苦海浄土」

 ある裁判の記録が残っている。一九七四年六月、熊本地裁の出張尋問で水俣病患者の男性が証言した。
 「―私たちは、小さいときに、桃太郎が鬼を退治に行く話をよく聞かされたわけで、桃太郎は本当に気は優しくて力持ちで、弱い者を助けて、鬼を退治すると、本当にえらいなと思っとりましたが、その桃太郎が鬼を退治するんじゃなくて、弱い者をいじめ抜いて本当に悪い桃太郎になってしまったなと、そういうふうに思って、...

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夢野久作「ドグラ・マグラ」

 無限軌道の轟音(ごうおん)がブルドーザーの接近を告げるように、「ドグラ・マグラ」という異様な響きにこそ、この小説が秘めた衝撃力のすべてがある。
 主人公の「私」は、柱時計の時報で目覚める。隣室からは少女の「お兄さま」と叫ぶ声。「私」は九州大学医学部の精神病棟に記憶喪失者として収容されている。「私」は正木敬之と若林鏡太郎という二博士に会い、自分の名前は「呉一郎」、隣室の少女は従妹(いとこ)で...

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遠藤周作「沈黙」

 カトリック作家遠藤周作の代表作『沈黙』(一九六六年)は発表されてしばらく、作家が愛し、小説の舞台とした長崎では「禁書」にひとしかった。司祭が踏絵(ふみえ)に足を掛ける結末を快く思わなかった教会の指導者から糾弾されたためである。
 司祭ロドリゴが潜伏したトモギ村こと外海(そとめ)。角力(すもう)灘を見下ろす「沈黙の碑」は建立間もない一九八八年、何者かによって青ペンキがかけられた。二〇〇〇年に...

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椋鳩十「大造じいさんとガン」 

 私が『大造じいさんとガン』と出合ったのは小学五年生のとき、国語の教科書でした。わずか十数ページの物語ですが小学生にとっては“長編”でした。それでも、一気に読み上げました。大空に飛び立つガンの頭領・残雪を、大造じいさんが見送るラストシーンが目の前に鮮明に広がり、すがすがしい気分になったのを二十年後の今もはっきりと覚えています。
 この作品は、太平洋戦争に突入する直前の一九四一年十一月、月刊誌...

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林芙美子「浮雲」 

 長編小説『浮雲』は、主人公のゆき子と富岡が屋久島に流れ、そこでゆき子が死んで終わる。何の伏線もないヒロインの死を唐突に感じ、鹿児島港からフェリー・屋久島2に乗った。手掛かりは林芙美子の取材日記ともいえる随筆『屋久島紀行』である。午前八時、屋久島2はモヤイを解いた。

 花の命は短くて苦しきことのみ多かりき

 有名な歌碑の建つ芙美子の本籍地・桜島が、だんだんと小さくなった。
 物語は...

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松本清張「点と線」

 今から、ほぼ半世紀前に書かれたこの小説について、最近、二つの面白い話を聞き込んだ。
 一つは、ミュンヘン五輪(一九七二年)で日本男子バレーボールを世界の頂点に導いた、あの鮮やかな「時間差攻撃」が、この『点と線』のトリックから誕生したという話だ。バレーボールと、この推理小説が一体、どんな線で結ばれているのか? 取材は、時間差攻撃を編み出した男、日本バレーボール協会の松平康隆・名誉会長を訪ねる...

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村上龍「69(シクスティナイン)」

 一九七〇年夏、大阪。日本万国博覧会を訪れた中村聡は、敗北感にさいなまれながらも、不思議な安らぎを感じていた。国民総生産(GNP)で自由主義圏第二位に立った敗戦国が、「人類の進歩と調和」をテーマに開催した世紀の祭典。近未来の意匠をまとったパビリオンに並ぶ人々の顔は、誇りと喜びに輝いていた。
 「ぼくらの戦いは終わったんだ、とはっきり分かったんです」。五十三歳になった中村は述懐する。「そう、戦...

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