『隆慶一郎全集巻一 吉原御免状』 隆慶一郎著 (新潮社・1785円)

『隆慶一郎全集巻一 吉原御免状』 隆慶一郎著 (新潮社・1785円)
「闘いの場において、正しい生、美しい生はあっても、正しい死、美しい死はない。死を正しい、美しいというのは、戦闘に参加しない他人の評価である。己が生死を他人の評価に委(まか)せてたまるか。1個の『いくさにん』として誠一郎は心底そう思う。」
本書はこうした激しく、美しい言葉によってつづられた目のさめるような作品である。
作者が週刊新潮にこの作品を連載し始めたのは、昭和59年9月のことだ。還暦を期して作家に転じた彼は、それ以後『影武者徳川家康』や『死ぬことと見つけたり』などの大作を連発し、いちやく斯界(しかい)の寵児(ちょうじ)となったが、平成元年11月に他界した。
その活躍はわずか5年にすぎないが、今日の時代小説流行の基礎をきずいたと言っても過言ではない。前田慶次郎をえがいた『一夢庵風流記』が『花の慶次』とタイトルを変えてコミック化され、今ではパチンコにまで取り入れられていることが、隆作品の人気の高さを物語っている。
彼の他界から6年後に、新潮社から全6巻の第1次全集が出されたが、このたび没後20年を期して第2次全集全19巻が刊行されることになった。若い世代にも手に取りやすいように価格をおさえ、持ち運びに便利なように薄手の本にした。まことに心利いたる造りである。
巻頭を飾る本書は、隆のデビュー作にして代表作となった作品である。明暦3年(1657)、肥後の山中で宮本武蔵に育てられた松永誠一郎は、師の遺言にしたがって御免色里である吉原をたずねる。
そして「神君御免状」をめぐる傀儡子(くぐつ)一族と裏柳生の壮絶な戦いに巻き込まれ、自分が後水尾天皇の皇子であることを知る。剣の天才であり、無垢(むく)な精神の持ち主である彼は、幻斎(げんさい)老人にみちびかれて吉原創設のいきさつや、己の出生の秘密を知らされていく。
そうした筋立てや無縁、公界(くかい)を背景とした吉原の新しい解釈も魅力的だが、何より見事なのは登場人物たちの鮮やかさである。主人公の誠一郎や幻斎ばかりか、敵役の柳生義仙(ぎせん)、吉原の高尾太夫や勝山、幼女のおしゃぶなど、作者が深い共感と敬意を込めてえがく人物たちは、運命の苛酷(かこく)さに耐えながらもなお鮮烈に生きている。
この全集によって彼らが再びこの世に解き放たれたことを、心から喜びたい。
=2009/11/01付 西日本新聞朝刊=
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