『センゴク兄弟』 東郷隆著 (講談社・1680円)

『センゴク兄弟』 東郷隆著 (講談社・1680円)
仙石秀久はそれほど名前を知られた武将ではない。
14歳のころから信長につかえ、やがて秀吉配下の武将となって立身し、讃岐10万石を与えられて松山城を居城とした。ところが秀吉の九州出兵の時、戸次(へつぎ)川の戦いで島津勢に大敗して所領を没収された。
その4年後におこった小田原征伐で手柄を立て、信州小諸5万石の大名として復活。慶長19(1614)年5月に64歳で没した。
おせじにも華々しいとは言い難い人生だが、著者は「この程度の身上の大名家であっても戦国期には、生き残るために血の染(にじ)むような苦労を強いられていることがわかり、ひどく愛(いとお)しい気分になった」と記している。
この「愛しさ」が作中人物への愛情となり、本書を人情味ゆたかな青春物語にしている。
話は越前一乗谷に養子に行っていた権兵衛(秀久)が、本家の都合で美濃国加茂郡の生家に呼びもどされるところから始まる。すでに兄の新八郎(久勝)が家をついでいたが、兄を廃嫡(はいちゃく)して権兵衛を当主にしたのである。
こんなことをすれば兄弟の間で血で血を洗う争いが起こるのが普通だが、無欲で恬淡(てんたん)な新八郎はさらりと家をゆずったばかりか、陰に陽に弟を気づかい、何度も窮地を救った上に立身の足がかりさえ築いてやる。
運命の過酷さに翻弄(ほんろう)されながらも懸命に助け合う2人の姿は清々(すがすが)しく、人間不信の権化となった信長に「世に肉親の情は確かにある」と言わしめたほどで、平成大不況の中にあえぐ現代人にも希望と勇気を与えてくれるだろう。
しかも本書が際立っているのは、細部のリアリティーと当時の時代状況の把握(はあく)に徹底してこだわっていることだ。領主から出陣命令が下ってから、実際に戦場に立ち、合戦で手柄を立てて公式に認定されるまで、どんな手順や手続きをふんでいたのか、これほど正確に描いた小説は希有(けう)である。
そこには博物館学の専門家であり、人間が生きる現場を忠実に再現しようとしてきた著者の、歴史に対する鋭い目が光っている。波瀾(はらん)万丈の物語も、端正な姿勢と豊富な知識に支えられ、臨場感にみちた作品に仕上がっている。
なお本書は人気漫画『センゴク』のスピンオフドラマだということも、申し添えておきたい。
=2009/12/27付 西日本新聞朝刊=
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