西日本新聞

『西洋挿絵見聞録』  気谷誠著  (アーツアンド クラフツ・3990円)

2011年01月24日 21:05
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『西洋挿絵見聞録』  気谷誠著  (アーツアンド クラフツ・3990円)
 ●美術品としての本の価値 島尾 伸三 写真家
 
 挿絵本の収集家・気谷誠が2008年9月に他界しました。ここでいう挿絵本とは、絵本とか挿絵の多い本という意味ではなく、書かれた内容よりは、印刷、紙質、装丁など、デザイン的に優れた、外見の美しい美術品としての本を指しているのです。嘘(うそ)か真(まこと)か、そうした彼の蔵書の中には数百万円もするようなものもあると噂(うわさ)されていました。

 挿絵本の収集家たちは、優美で繊細な銅版画や、ゲーテなどの詩に、装丁職人によるおしゃれな装飾のモロッコ皮等で装丁を加え、汚れないように、薄暗い書庫や金庫などの暗闇に安置するのです。愛書家向けに1冊しか作られなかった豪華本もあるわけですから、サザビーズやクリスティーズなどといったオークションハウスで、美術品として競売にかけられたりするものも多いのです。

 気谷の没後、それらの行き先が危惧(きぐ)されたのですが、遺言により挿絵本たちの古巣であったフランスで競売にかけられるということに落ち着いたようです。彼は愛する貴重本をあるべき所へ返してやろうと考えたのでしょう。

 切手のコレクターが切手から知識を深めていくように、愛書家たちも「本」という印字した紙を束ねたオブジェについて造詣を深めるのです。それは印刷や版画や造本技術の仔細(しさい)にいたる技術史や美術史であり文化史でもある知識の大海原への船出なのです。

 気谷はこの分野で博学でした。彼の筆は、挿絵本の定義に始まり、ルネサンス、中世からロココ時代、パリに花咲いたベルエポック時代へという歴史的な流れを追い、ドイツのアールヌーボーやジャポニスムや和装本等への横への広がりを見せ、「ファウストの書斎」「ウィリアム・モリスの中世礼賛」「和装本のなかの西洋美人」などといった、70以上のエピソードによって、挿絵本の世界が洋の東西を駆け巡るようにして語られ、ブックデザイン(装丁)としての蔵書票へと話を集結させます。

 晩年の病の中で、気谷がその知識を1冊にまとめようとしていたことを誰も知りませんでした。奥さんさえも。本書は共に著作を進めた装丁家・村山守の尽力によって、気谷の死後1年で出版されました。司書や学芸員を志す者には良い手ほどきとなりそうです。読みやすさもあって、書籍への基礎知識を広げるには、誰にとっても最適な読み物に違いありません。


=2010/01/24付 西日本新聞朝刊=

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