『柳沢吉保と江戸の夢』 島内景二著 (笠間書院・1890円)

『柳沢吉保と江戸の夢』 島内景二著 (笠間書院・1890円)
柳沢吉保(よしやす)は五代将軍綱吉の側用人(そばようにん)として20年間幕政の中心にあったが、世上の評判はすこぶる悪い。
『忠臣蔵』では赤穂義士に切腹を命じた冷血な政治家として登場するし、『水戸黄門』では将軍に取り入る奸臣(かんしん)として黄門さまから鉄槌(てっつい)を下される役回りを演じている。
歴史書でも「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」や「貨幣鋳悪(ちゅうあく)」などの失政があったと評され、保身だけに汲々(きゅうきゅう)とした凡庸(ぼんよう)な政治家というイメージが定着している。
ところがこれはとんでもない誤解だと、著者は力を込めて論証する。
論拠のひとつは、吉保が江戸の駒込に六義園(りくぎえん)という天下の名園を造営したことである。この庭は古今伝授(こきんでんじゅ)の理想を体現したもので、そこには和歌と儒教と仏教に精通した吉保の精神性と、天下国家の安泰をねがう政治的理念が込められているという。
もうひとつの論拠は、吉保が北村季吟(きぎん)や荻生徂徠(おぎゅうそらい)という史上に名高い大学者を登用し、文治国家をきずき上げるために腕をふるわせたことだ。しかも彼らとの交わりは大政治家と一介(いっかい)の学者といった権力的なものではなく、理想を同じくする同志としての心こまやかなものだった。
その上で吉保が目ざしたのは〈神道、儒教、仏教のバランスを取り、和歌、漢詩、経典のすべてに通暁(つうぎょう)し、それを日本文化および日本民族の「調和」と「和解」につなげ〉ることであり、やがては明治維新へとつながる文化的潮流を生み出したと著者は言う。
こうした主張は吉保にかぎってのことではない。著者はこれまで『源氏物語』を源流とし、『古今和歌集』を加えることでより豊かになった日本の文化や思想の流れを追いつづけ、日本人の生き方や在り方をとらえる視座を確立してきた。
本書も『北村季吟』(ミネルヴァ書房)という研究に取り組み、その過程で季吟を登用した吉保の偉大さを発見した結果なのである。
著者とは互いに九州出身で同い年ということもあり、15年前に知り合った時から意気投合した。夢や志を語り合える得がたい友である。今後はさらに論を進め、日本文化の再生や政治体制の再構築まで視野に入れた道を切り開いてほしい。
それが柳沢吉保や北村季吟らの理想を受けつぐことにほかならないと思うのである。
=2010/01/31付 西日本新聞朝刊=
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