『日本SF精神史』 長山靖生著 (河出書房新社・1260円)

『日本SF精神史』 長山靖生著 (河出書房新社・1260円)
最近、大学院のゼミで末広鉄腸『雪中梅』を読む機会があった。
ふだんは読まない明治の文体。四苦八苦しつつも、面白いところはないかとあちこちめくる。すると、尾崎行雄の書いた序文に目が留(とど)まった。
気になったのは、「小説」という用語に関するくだり。「今妥当の訳語を得ざるが故暫(しばら)く小説二字を以(もっ)てnovelに充つ」と、novelの訳語として便宜的に充てる旨が記述されている。
現代では「novel」といえば当然「小説」を指す。それに対して、明治半ばはまだまだ過渡期であったのだなあと実感した。
本書の著者も実は同じ文章に注目している。書店で立ち読みしながら序文の引用が出てきた時には正直驚いた。ただし関心の矛先は少々異なる。明治19年のこの序文に「科学小説」という用語が登場する。本書でより重要なのはSF史における記念碑的事実である。
「科学小説」と「空想科学小説」。あるいは「古典SF」と戦後のSF。こうした区分にようやく気づいた私はSF初心者の1人。
19世紀後半の未来小説が『天空の城ラピュタ』に似ていたり、幸田露伴が科学小説、冒険小説好きだったりしたという話も初耳。幕末から戦後までの「想像力の系譜」に興味はつきない。
なかでも村井弦斎が面白かった。『日の出島』は尾崎紅葉を凌(しの)ぎ、『食道楽』には夏目漱石が嫉妬(しっと)したという逸話の持ち主。エピソードを聞くだけでも興味をそそる。
この人物が日立製作所の創始者小平浪平の家庭教師でもあったという。日立市出身の私にとっては目から鱗(うろこ)の話である。
昭和5年には雑誌『科学画報』が懸賞科学小説を募集した。そこに稲垣足穂、伊藤整、中河与一、龍胆寺雄(りゅうたんじゆう)などが入選している。モダニズムとSFの接点となる錚々(そうそう)たるメンバーに俄然(がぜん)興味がわいた。
正統的SFの系譜に並べられた安部公房についても面白く読んだ。SF作家としての側面をどのように評価するのかは議論が分かれるところ。SF精神史における位置づけもたしかに必要だと感じた。
本書は読んでいて楽しい。それは「未来」に「希望と驚き」を求め「仮定の思考」を前向きに受けとめるSF的発想が面白いからか。
それとも「書いているあいだ中、ずっと楽しかった」という著者の喜びが伝わるからか。こんなあとがきが書けるなんて羨(うらや)ましい。
=2010/02/07付 西日本新聞朝刊=
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