
思い出深いヤフードームを背にした私
観客席のやや前方に女房の優子と一緒にいた私は、半生の生きざまが脳裏によみがえり、今日ここに座っている自分は一体何者なのか? 何をしてきたというのだ? と半信半疑ながらも熱いものがこみ上げてきました。そして出演するアーティスト1人1人とのさまざまな形の思い出が、頭の中に浮かんできます。この席で、陽水君のお母さん(フジさん)と鉄矢君のお母さん(イクさん)との初対面も実現しました。
「2年前の鉄矢君との酒の上での冗談が、こんな大きなイベントに発展した」。おそらく鉄矢君も同じ思いだろう、と開演前から感無量でした。
総合司会を買って出た南こうせつ君が最初に登場、続いてジャーナリストの筑紫哲也さん。意外な組み合わせによるオープニングに会場はどよめき、大分出身の2人は福岡の盛り上がり方がうらやましそうでした。
地元アーティストの1番バッターは甲斐よしひろ&KAI FIVE(カイ・ファイブ)が大ヒット曲「HERO(ヒーロー)」を引っ提げて登場。「安奈」「裏切りの街角」などのヒット曲を熱唱し、ドームには熱気が渦巻きました。
「ヒーロー…ヒーローになる時、それは今…」。この歌詞の通り、アーティストたちは地元に錦を飾る、凱(がい)旋(せん)気分だったのではないでしょうか。観客もまた「お帰りなさい」の気持ちを込めて大声援を送りました。
「20世紀最初で最後の夢のイベント」と高く評価された一大イベントが、どうして開催できたのでしょうか。
◇ ◇
私はRKB毎日放送(福岡市)の音楽プロデューサー時代から、ずっと音楽の世界にかかわってきました。その中で最も思い出深い「ドリームライブ・イン・福岡ドーム」から、お話を始めたいと思います。
(聞き手は編集委員・川副修が担当します)
=2007/04/03付 西日本新聞=
メ モ
甲斐よしひろ
1953年 4月7日 福岡市生まれ。
1974年 3月 第3回ハッピー・フォークコンテスト全国大会優勝。
5月「甲斐バンド」結成。
11月 シングル「バス通り」でデビュー。
1978年12月 シングル「HERO(ヒーローになる時、それは今)」リリース、180万枚のビッグヒットになる。
1986年 6月 日本武道館で5日間連続公演。甲斐バンドとしての活動に終止符を打ち、ソロ活動開始。
1991年 6月「KAI FIVE」結成。
1994年 7月「KAI FIVE」活動休止。
1996年 7月 ソロ活動をしながら「甲斐バンド」を期間限定で再結成。
2004年11月 デビュー30周年の武道館公演
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| ▼甲斐よしひろ&KAI FIVE | ||
| HERO/ヒーローになる時、それは今 | Greatest Hits Live/ THE BATTLE OF NHK HALL |
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| 安奈 | ||
| 裏切りの街角 | ||
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