「長浜物語」のPRチラシは丼に「おおがたみずお&赤兵衛」が入ったユーモラスな図柄

 1990年5月、「長浜、喜多方、札幌の三大有名ラーメンをテーマにした競作! ラーメン戦争勃(ぼっ)発(ぱつ)」‐こんな見出しの記事が新聞各紙に躍りました。一見、ラーメン業界に異変が起こったようです。しかし、よく読むと、大手レコード3社がラーメンソングを競作し、お互いに共同戦線を張りながら、売りだそうという内容です。

 前年の4月。夕刻のことです。局のデスクで急ぎの仕事をしているところへ、アナウンサーの中西一清君がやってきました。「いま、下の喫茶店で、テレビスタッフが勧進元になり『おおがたみずお&赤兵衛』の渡伯激励会をしているので、ぜひ出席してほしい」と言いながら、私の腕をつかみ会場へ引っ張っていったのです。既に数十人の人たちで盛り上がっています。

 「おおがたみずお&赤兵衛」はテレビでリポーターをしたり歌ったりする姿を見ていましたが、生演奏を聴くのは初めてです。この夫婦デュオ、ボサノバ修業のためブラジルへ渡るのでスタッフや友人で激励会をしている最中だと分かりました。

 そのとき、彼らが変わった歌をうたいました。ラーメンが…どうしたこうしたという短い曲でした。「ラーメン戦争」の物語はここから始まります。後日、彼らの歌をスタジオで録音しました。ラーメンを主人公にした面白い発想の詞です。

 2人は福岡県の筑豊出身とのこと。同郷? と思ったら、2人とも高校の後輩でした。困惑しました。「ひいきが勝つ」と言いましょうか、プロデューサーとしての冷静な判断ができなくなる恐れがあるからです。

 彼らはその後、飯塚市の応援者、田中眞治さんと上市章さん(両氏とも飯塚環境サービス)に事後の連絡役を託し、ブラジルへと旅立ちます。ちょうど、博多どんたくのシーズンになり、日本コロムビアの大木瞬(しゅん)制作部長が来福。聴いてもらったところ「面白いのでやらせてほしい」との内諾を得ました。同社福岡営業所の宣伝担当、三谷順一さんと西嶋祐次郎さんを窓口にして話を進めます。

 詞の手直しをRKBセレナ音楽出版で行うこと、本人たちが渡伯して不在のため、歌うアーティストをコロムビア側で探すことで合意しました。しかし、適当な作詞者、歌唱アーティストの選考がともに難航するなか、私は病気入院する羽目になりました。

 (聞き手 川副修)


=2007/06/09付 西日本新聞朝刊=