西日本新聞

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終戦前、釧路の6千人が筑豊などで採炭 「急速転換政策」解明前進へ

2009年08月26日 16:28
 終戦前、採炭を休止した北海道・釧路炭田の炭鉱マンを集団で筑豊炭田を中心に移し、採炭作業をさせた国策「急速転換政策」の調査を、北海道・釧路市立博物館の石川孝織学芸員(35)が進めている。昨年、同博物館で開いた田川市石炭・歴史博物館との交流企画展で、関係者が名乗り出たことが契機になった。石川さんは「南北の博物館交流で、証言者に出会うことができた。歴史に深みを加えたい」と話し、論文にまとめる考えだ。

 ■埋もれた歴史に証人 南北博物館交流が縁釧路の学芸員調査

釧路市立博物館で開かれた「炭鉱の語り部・山本作兵衛」展=昨年12月
釧路市立博物館で開かれた「炭鉱の語り部・山本作兵衛」展=昨年12月
 研究家によると、これまで筑豊に釧路の炭鉱マンが来て採炭作業をしたことは分かっているが、従事した炭鉱マンの証言はなく、釧路炭田を中心にしたこの国策の研究もないという。

 交流企画展(西日本新聞筑豊総局、北海道新聞釧路支社後援)は昨年11-12月、釧路市立博物館で開催。筑豊の炭坑記録絵師・山本作兵衛(1892-1984)の複製画約230点を展示した。企画展中に、釧路市の藤原芳夫さん(85)が石川さんを訪ね、「筑豊で採炭作業をした」と証言した。藤原さんは、44年9月に休坑になった明治鉱業庶路鉱(白糠町)から同赤池鉱(福智町)に移り採炭したという。

石川孝織さん
石川孝織さん
 これを機に石川さんは、藤原さんや旧太平洋炭礦(釧路市)OBの協力を得て、藤原さんたち3人を捜し当てた。いずれも83-85歳で、三井田川鉱(田川市)と三菱新入鉱(直方市、鞍手町)で働いた。うち三菱尺別鉱(釧路市)から、同新入鉱に移った平井重秋さん(84)=釧路市=は、九州へ列車で移動したことや新入鉱での寮生活の様子などを語ったという。

 調査には一昨年から石川さんと交流する田川市石炭・歴史博物館の福本寛学芸員(34)も協力。石川さんは「3人とも記憶ははっきりしている。さまざまな証言を基に、隠された史実も明らかになれば」と話している。

    ×      ×

 ▼急速転換政策

 太平洋戦争時の1944年8月11日の閣議決定「樺太及釧路に於ける炭鉱勤労者、資材等の急速転換に関する件」に基づく国策。政府は本土の石炭需給状況の打開などを目指し、当時、日本領土だった南樺太のソ連国境に近い炭鉱を放棄、釧路炭田の採炭を一時休止するなどして、生じた余剰労働力を九州の筑豊炭田などに緊急輸送した。茨城県歴史資料館所蔵の資料「供出炭礦勤労者受入炭礦別数調」によると、釧路からは三井田川鉱業所(田川市)や三菱新入鉱(直方市、鞍手町)など4社11炭鉱に計約6千人が移動、採炭などの作業をしたと記されている。

=2009/07/31付 西日本新聞朝刊=

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