高島炭坑の閉山から30年となる

 高島炭坑(長崎市)の閉山から30年となる11月27日、島を訪ね、今年3月に90歳で亡くなった郷土史家 山崎徳(めぐみ)さんの足跡をたどった。

 山崎さんは終戦間もない1946年からヤマに入り、坑内員のヘッドランプを管理する安全灯係として約40年勤務。86年の閉山後も島に残り、炭坑に関する文献や書籍を集め続けた。港のそばにある石炭資料館の運営に努め、愛着と自負を込めて「あれは山崎資料館たい」と口にしていたという。妻の多喜栄さん(85)によると、炭坑跡が世界文化遺産の構成資産に登録された際はひときわ喜び、「もう思い残すことはない」と語っていたそうだ。

 高島行きは古里の変容を知るためでもあった。私が15歳まで暮らした6階建ての鉄筋アパートは既になく、雑草で覆われた地面に「緑ケ丘31号跡」と刻まれた木のくいが立っていた。

 海から吹き付ける風と ざわざわと鳴る葉擦れの音だけが、昔のままだった。(山崎清文)

=2016/12/01付 西日本新聞朝刊=

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