「そういう職業があったのか」と知ったのは小学生のころ

 「そういう職業があったのか」と知ったのは小学生のころ。1984年2月、冒険家の植村直己さんが消息不明になったニュースがきっかけだった。登山家、探検家などとも称されていたように記憶するが、どうすれば植村さんのようになれるのか興味を持ったことを覚えている。

 「冒険」を手元の辞書で調べると「危険を承知(不成功を覚悟の上)で行うこと」とある。何のために。資金やスポンサーは。人に心配をかけるだけ…。批判的な意見はあるだろうし、私もそう思っていた。それでも挑むのは、危険の先に大切な何かがあると信じるからなのだろう。

 先日、冒険家の荻田泰永さんが無補給単独歩行で南極点に到達した。日本人で初めての快挙を「目の前の一歩一歩の積み重ねだった」と喜んだ。人生の基本ながら、決して簡単なことではない「一歩一歩」。無謀とも思える冒険家の歩みが、私たちに何かを教えてくれる。 (山本泰明)

=2018/01/11付 西日本新聞朝刊=

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