旧豊津藩など描いた歴史小説家 故石辺氏の著書母校へ 育徳館高に遺族寄贈 校長「生徒に読んでもらう」 [福岡県]

苅田町助役を務めた故石辺唯雄氏(遺族提供)
苅田町助役を務めた故石辺唯雄氏(遺族提供)
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目録を見ながら育徳館高の小正路淑泰校長(右)に本の説明をする石辺節雄さん
目録を見ながら育徳館高の小正路淑泰校長(右)に本の説明をする石辺節雄さん
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 元苅田町助役で郷土史や社史などを手掛けた歴史小説家、故石辺唯雄(ただお)氏の著書17冊が16日、遺族によって母校の育徳館高(みやこ町豊津)に寄贈された。石辺氏が亡くなって17年余。京築地方の歴史などを丹念に著した本を執筆した石辺氏の作品を、遺族らは「母校の生徒たちに読んでほしい」との思いでいっぱいだ。

 石辺氏は、行橋市出身。旧制豊津中(現育徳館高)を1940年に卒業後、県庁に入り、課長職などを経て、73年12月から3期12年、苅田町助役を務めた。2000年11月に78歳で亡くなった。

 石辺氏は在職中から「小川七郎」のペンネームを使った。旧豊津中の先輩であり、文豪夏目漱石の門下生として知られるみやこ町犀川出身のドイツ文学者小宮豊隆(1884~1966)にちなんだ。小宮がモデルとされる漱石の長編小説「三四郎」の主人公・小川三四郎の「三」と「四」を足し、「七」としてペンネームを取った。

 石辺氏は、京築地方や北九州市内の会社の社史や人物伝などを多数執筆した。中でも「豊前史の残照」や「小笠原諸礼忠孝-小倉騒動」など、旧豊津藩の江戸後期-幕末維新期の激動を小説に書いた。

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 石辺氏の後任助役で交流があった社会福祉法人理事、森本行夫さん(82)=苅田町新津=によると、森本さんが生前、石辺氏に著書の各方面への寄贈を勧めたが、石辺氏は全く応じなかったという。「理由は分からないが、真っすぐな人柄だった」と語る。没後、石辺氏の息子で歯科医、節雄さん(69)=同町小波瀬1丁目=に森本さんらが寄贈を勧め、母校での贈呈にこぎつけた。

 贈呈には節雄さんや森本さんらが育徳館高を訪れ、小正路淑泰(こしょうじとしやす)校長(56)に、著書目録などを手渡した。節雄さんによると、石辺氏の執筆活動は連日夜中で、仕事で飲酒して帰宅後も、原稿に向かうことをやめなかったという。「自宅に本を置いているよりも、生徒さんに親しんでもらう方が有益だと思う」と、ほっとした表情を見せる節雄さん。同高OBで、京築地方の歴史や著名人の研究家でもある小正路校長は「私も石辺氏の著書を多く読んだ。著書を生徒に読んでもらうと同時に、私個人も生徒に語り継いでいく」と歓迎した。

 節雄さんは近く、行橋市図書館(行橋市中央1丁目)にも寄贈するという。

=2018/01/20付 西日本新聞朝刊=

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