責任能力 裁判員時代の精神鑑定
<1>ばらつき 数値化できぬ心の中
裁判員裁判で有罪や無罪、量刑を判断する上で関門となる1つが精神鑑定。被告の責任能力が争われる事件は少なくない。でも、その診断はどこまで正しいのか-。そう思わずにはいられない“ばらつき”が昨年、九州北部の地裁で起きた。
■3通りの診断
実家で家族を殺害し、殺人の罪に問われた被告の事件。検察側が依頼した鑑定医は「責任能力に問題はない」と診断し、起訴された。しかし、疑問を持った弁護人は責任能力の有無を争い、地裁に再鑑定を求めた。
地裁が別の医師に再鑑定を依頼した結果は、検察側とは異なっていた。被告にはうつ病やパニック障害があり「責任能力が著しく減退していた」と診断。これを重視した地裁は「心神耗弱」を理由に実刑ではなく、執行猶予付きの有罪判決を言い渡して確定した。
ところが、刑を猶予された被告が、医療観察法に基づいて受けた三度目の鑑定結果に弁護人は驚いた。「統合失調症により犯行時の責任能力はない」-。判決前なら無罪を示す「心神喪失」。
医師が1-2カ月間かけて鑑定したのに三者三様の診断結果。裁判で責任能力を判断するのは医師ではなく、裁判官や裁判員で、その選択1つで判決は全く別の形にもなる。「どうして、こんなに差が出るのか」。弁護人の疑問は解消しないままだ。
■基準はあるが
刑法三九条は、責任能力の有無で(1)心神喪失者の行為は罰しない(2)心神耗弱者の行為は刑を減軽する-と定めている。精神の障害で善悪の区別がつかず、自らの行為を制御できない人には、道義的に責任は問えないとの考えに基づく。
精神鑑定は簡易鑑定だと数時間、本鑑定は1-3カ月に及ぶ。結果は、検察側が容疑者の起訴の可否を判断する重要な材料ともなる。
本鑑定の場合、被告(起訴前は容疑者)を心理テストするほか、成育歴や家族の病歴などを精査し、関係者に話を聞いたりもする。幻聴や幻覚、妄想などの症状を丹念に聞き取り、精神疾患の有無を診断。その上で犯罪行為との因果関係を検討する。医師の大半は、世界保健機関や米精神医学協会が作成した統一基準を診断に用いている。
■医師により差
それでも、ばらつきが出るのはなぜか。
福岡県立精神医療センター太宰府病院の二宮英彰院長は「症状を基準に当てはめる前に、本人から個々の症状をどこまで引き出せるかが重要」と指摘する。医師の能力や手法、鑑定した時期などで診断に差が生じるという。
二宮院長は「病棟で普段の様子もじっくり観察すれば、芝居(詐病)は見抜ける」と話すが、九州の別の精神科医師は「血液中の数値で分かる糖尿病とは違う。本人が空耳や幻覚があると訴え続ければ、客観的に確かめるすべはない」と打ち明ける。
佐賀県の医師は、その難しさをこう言った。「心はデジタルじゃない」
◇ ◇
22日、福岡地裁であった福岡市の連続女性殺傷事件の初公判でも、弁護側は被告の責任能力を争う方針を示した。5月21日に始まる裁判員制度では、法律の専門家にも難しい責任能力の判断を、市民から選ばれる裁判員も求められる。どう向き合えばいいのか。精神鑑定の課題も含めて考える。
× ×
▼精神障害者と不起訴
法務省の犯罪白書によると、2007年に刑法犯として摘発された精神障害者や精神障害の疑いがある人は約2800人で全体の0.8%。うち544人が心神喪失を理由に起訴されなかった。殺人や強盗、強姦(ごうかん)などの罪を犯した心神喪失者と心神耗弱者で、不起訴処分や無罪、執行猶予付きの判決を受けた人は、医療観察法に基づく鑑定を受け、医療機関への入院や通院の必要性を判断される。
=2009年4月23日付 西日本新聞朝刊
■3通りの診断
実家で家族を殺害し、殺人の罪に問われた被告の事件。検察側が依頼した鑑定医は「責任能力に問題はない」と診断し、起訴された。しかし、疑問を持った弁護人は責任能力の有無を争い、地裁に再鑑定を求めた。
地裁が別の医師に再鑑定を依頼した結果は、検察側とは異なっていた。被告にはうつ病やパニック障害があり「責任能力が著しく減退していた」と診断。これを重視した地裁は「心神耗弱」を理由に実刑ではなく、執行猶予付きの有罪判決を言い渡して確定した。
ところが、刑を猶予された被告が、医療観察法に基づいて受けた三度目の鑑定結果に弁護人は驚いた。「統合失調症により犯行時の責任能力はない」-。判決前なら無罪を示す「心神喪失」。
医師が1-2カ月間かけて鑑定したのに三者三様の診断結果。裁判で責任能力を判断するのは医師ではなく、裁判官や裁判員で、その選択1つで判決は全く別の形にもなる。「どうして、こんなに差が出るのか」。弁護人の疑問は解消しないままだ。
■基準はあるが
刑法三九条は、責任能力の有無で(1)心神喪失者の行為は罰しない(2)心神耗弱者の行為は刑を減軽する-と定めている。精神の障害で善悪の区別がつかず、自らの行為を制御できない人には、道義的に責任は問えないとの考えに基づく。
精神鑑定は簡易鑑定だと数時間、本鑑定は1-3カ月に及ぶ。結果は、検察側が容疑者の起訴の可否を判断する重要な材料ともなる。
本鑑定の場合、被告(起訴前は容疑者)を心理テストするほか、成育歴や家族の病歴などを精査し、関係者に話を聞いたりもする。幻聴や幻覚、妄想などの症状を丹念に聞き取り、精神疾患の有無を診断。その上で犯罪行為との因果関係を検討する。医師の大半は、世界保健機関や米精神医学協会が作成した統一基準を診断に用いている。
■医師により差
それでも、ばらつきが出るのはなぜか。
福岡県立精神医療センター太宰府病院の二宮英彰院長は「症状を基準に当てはめる前に、本人から個々の症状をどこまで引き出せるかが重要」と指摘する。医師の能力や手法、鑑定した時期などで診断に差が生じるという。
二宮院長は「病棟で普段の様子もじっくり観察すれば、芝居(詐病)は見抜ける」と話すが、九州の別の精神科医師は「血液中の数値で分かる糖尿病とは違う。本人が空耳や幻覚があると訴え続ければ、客観的に確かめるすべはない」と打ち明ける。
佐賀県の医師は、その難しさをこう言った。「心はデジタルじゃない」
◇ ◇
22日、福岡地裁であった福岡市の連続女性殺傷事件の初公判でも、弁護側は被告の責任能力を争う方針を示した。5月21日に始まる裁判員制度では、法律の専門家にも難しい責任能力の判断を、市民から選ばれる裁判員も求められる。どう向き合えばいいのか。精神鑑定の課題も含めて考える。
× ×
▼精神障害者と不起訴
法務省の犯罪白書によると、2007年に刑法犯として摘発された精神障害者や精神障害の疑いがある人は約2800人で全体の0.8%。うち544人が心神喪失を理由に起訴されなかった。殺人や強盗、強姦(ごうかん)などの罪を犯した心神喪失者と心神耗弱者で、不起訴処分や無罪、執行猶予付きの判決を受けた人は、医療観察法に基づく鑑定を受け、医療機関への入院や通院の必要性を判断される。
=2009年4月23日付 西日本新聞朝刊


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